白いシーツが、春をにおわす風にたなびいている。
ぱん、ぱん!
そのシーツの端に引っ張って軽くしわを伸ばす白い手。
「うーん……やっぱりちょっとここのシミが気になるかな?」
ミートは庭先で洗濯物を取り込んでいた。
彼女は今し方シワを伸ばしたシーツの隅をじーっと眺めている。
誰が(多分コン○ームが)何を思って(どうせ下らない事に違いない)つけたのかは知らないが、そこにあったシミを取るのにはしこたま苦労をさせられた。
そのシミの落ち具合を確認していたのだが、どうもやり込みが足りなかったようだ。うっすらとではあるが、元々あったシミの形が見えている。
「……ん?」
その時、ミートは居並ぶ洗濯物の向こう側、玄関先でなにやら話をしている大小二人の姿を見つけた。
──コン○ームと美缶である。
洗濯物の陰からこっそり眺めていると、どうもコン○ームの方から一方的に美缶に対して何かを話しているようだった。
何かの説明をしているのだろうか? 美缶の頭が何度もコクコクと縦に振られている。
「あの表情は……」
ミートはふとコン○ームの顔に目を向けて嫌な予感を覚えた。
──笑っている。
美缶は制作時のプログラム上、幼稚園児並の知能しか持っていない。そのため、正常に行動をさせるためにはいろいろと説明をしてインプットさせてやらねばならない。逆に言うと、そこにつけ込んでいろいろ吹き込んでやる事もできるわけで……
──あの表情は、何かを吹き込むもうとしているに違いない。反射的に彼女はそう感じた。
(変な事になる前に止めに入らないと……!)
ミートは取り急ぎ手にした洗濯物を置いてから、玄関に向かおうとした。
「あっ……」
しかし、その次の瞬間には、美缶はひときわ大きな返事をして勢いよく飛び出していってしまった。
後に残るはにやにやと笑いながら手を振るコン○ームのみである。
「ご主人様」
今から美缶を追いかけようとしても無理である。
とにかく事の顛末だけでも聞いておこうと、ミートは家の中に戻ろうとしていたコン○ームを呼び止めた。
「あら、何? いたの?」
「いたの、じゃないですよ。いったいあの子に何を吹き込んでたんですか?」
「いやあね、吹き込むだなんて人聞きの悪い。
どこで聞いてきたのか知らないけど、あの子が『ホワイトデーってどんな日?』って聞いてきたもんだから
『ホワイトデーってのはね、道行くカップルに白いモノをぶっかける日よ』って説明してあげたのよ」
「……はい?」
ミートは一瞬我が耳を疑った。
「素直ってのはいいことねー。あの子ったら、張り切って出かけていったわ」
「何てコト吹き込んでんですかーーーーーーー!!!!」
ミートは慌てて玄関から飛び出した。しかしたっぷり時間がたっているだけに、玄関先からどれだけ目をこらしたところで、美缶の姿が見あたるはずもない。
「さーて。家に戻ってマンガでも読んでよーっと」
(こ、この人は……)
からからと陽気に笑いながら家に戻るコン○ームの背中を忌々しげに見つめる。
今頃、何も知らない美缶は、コン○ームの言った事を真に受けて、言われたままに実行をしようとしているに違いない。
「白いモノ」をどう取るかは知らないが、何にせよロクでもない事になるだろう事だけは確実だ。
「と、とにかく止めに行かないと……ああ、でも洗濯物が……あー、もうっ!」
ミートは慌てる気持ちを抑えながら、まずは残った洗濯物を取り込むために急いで庭先に戻った。
その頃、美缶は……
「おうよ、とりあえず出てきたのはいいけどよ。『白いモン』ってのはいったい何なんだ?」
のんびり歩く美缶の頭の上で頭の上の蜜柑が跳ねている。美缶は無機質な笑顔のまま小さく首を傾げた。
「ワカンナイ」
実は頭の上の蜜柑が美缶の本体だの美缶はソレに操られているだのという噂は絶えないが、とりあえず簡単な押し問答ができるくらいには独立しているらしい。
「ぶっかけるっつってたし、やっぱアレかな。男だったら一度はぶっかけてみてーっつー……」
「アレ?」
「まあいいや。とりあえずぶっかけるブツがないと話にならねえからな。調達しに行くぞ!」
「オーーー!!!!」
右拳を振り上げてときの声を上げると、美缶は角を曲がり大通りに向かって駆け出していった。
夕方過ぎ。人通りの少ない某所公園の片隅にて。
「(*´д`*)ハァハァ……いいだろう、しぃちゃん」
「ダメよ、ギコ男さん。こんな所で……」
「何言ってるんだよ、しぃちゃん。誰も見てやしないさ。それより漏れ、もう我慢できないんだよ、(*´д`*)ハァハァ……」
ベタで、クサくて、張り倒したい度120%なカップルが一組、肩を寄せてベンチに腰を下ろしている。
「んもう、せっかちね……」
まんざらでもない様子で、少し体をずらして女性が男と顔を向き合わせる。
「しぃちゃん、(*´д`*)ハァハァ……」
「ギコ男さん……」
じっくりと視線を交わし、おもむろに唇を寄せ合う。
──その時、男の背後でぬぅっと揺らめく、一つの小さな影……
対面する女性には、その影が取ろうとしている挙動が手に取るように見えてしまった。
「ギ、ギコ男さん……!」
色事に没頭しすぎていて全くそれに気付いていない男の肩を、女性が懸命に揺する。その表情を見て、男が不安そうに尋ねた。
「どうしたんだい、しぃちゃん?」
「う、後ろ……!」
「後ろ……? ━━━━Σ(;゚Д゚)━━━━!?」
「カップル……ハッケン」
「やっちめー!!」
そして背後の影は一気に行動を起こした。
チリン、チリン!
──キキーッ!!
「ひゃっ!!」
「(゚Д゚#)ゴルァ! 危ねーじゃねえか!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
出会い頭に衝突しそうになった自転車にしきりに頭を下げる。
この程度の注意も行き届かないほどにミートは焦っていた。
仕方もない。よりにもよって、こんな日に限って洗濯物が多くて、取り込むのに時間がかかってしまったのだから。
「カップルのいそうな所っていったら……商店街かしら?」
コン○ームの言った事を素直に実践しようとしているのなら、カップルの多い場所に向かうのが適切だろう。そう思ってミートは商店街に足を向けようとした。
その時、
「ウワーーーーーーッ!!」
「きゃー! ギコ男さーーーーーんっ!!」
男女の悲鳴がして、ミートは足を止めた。
(まさか……!)
ミートは悲鳴のした先に目を向けた。ひっそりとした感じの、暗い公園だ。カップルが秘め事をするには絶好の場所である。
慌てて通りを突っ切り公園の中に駆け込むと、隅っこのベンチでパニックに陥っているカップルがすぐに目についた。
「なっ、なんだ、コレーーー!?」
「ギコ男さん、大丈夫!? ギコ男さんー!」
男はなにやら白い液体でベットリと濡れていた。……手遅れだったらしい。
しかし、ミートは今し方悲鳴がしたのだから近くにいるのかもしれない、と、美缶の姿を求めて周囲を見渡した。
「あっ!」
公園の反対側から小さな影が一つ飛び出していくのが見えた。ミートもそれを追って公園を駆け出した。
小さな影は、荷物をたくさん抱えて通りの対面をひたすら走っていた。頭の上にはふよふよと浮かぶ小さな物体。
間違いない、美缶である。
「待ちなさーい!」
呼び止めるミートの声が届いたようだ。美缶はぴたりと足を止めて振り返った。
「よかった……! そこで待ってなさい! 今、そっちに行くから……」
目の前の通りはちょうど買い物時という事もあって車通りが多い。
仕方がないので、ミートは近くにあった歩道橋を渡って対面に向かおうとした。
「おっ、カップル発見! 行くぞ!」
「──! オーーー!!」
くるり。
タタタタタ……!
頭の蜜柑に唆され、美缶はミートに呼び止められていた事も忘れて再び走り出してしまった。
「あっ! ま、待ちなさーい!!」
叫ぶ声は今度は届かなかったらしい。美缶の姿は脇道に吸い込まれて見えなくなってしまった。
ミートは律儀に歩道橋を渡ってから、美缶の消えた通りへと向かった。
「わーっ!」
「きゃー!!」
「な、何だー!?」
阿鼻叫喚。
まさしくそんな有様だった。
たまたま居合わせた不幸なカップルたちが、それぞれ白い姿になって通りにへたり込んでいる。
泣き叫ぶカップルがいる、怒り狂うカップルがいる、とばっちりを食って服や荷物を汚され喚く通行人もいる。
そんな彼らの悲鳴が辺りを埋め尽くしていた。
「あの子は、どこ!?」
美缶は……通りの向こうにいた。
キョロキョロと左右を見渡し、更なる目標を捕捉したらしく、すぐさま右へと方向転換して走っていった。
何という行動の早さだ。
「……って、感心してる場合じゃない! 早く止めないと……!」
ミートは混乱する通りを駆け抜けて美缶の影を追った。
べっとりと濡れた被害者たちの向こう、先程とは別の公園の茂みに美缶が入っていくのが見えた。
それを追ってミートも茂みに入る。
──ピン。
「……え?」
茂みに入った直後、彼女は肘に何かが引っかかったような気がして足を止めた。
ポンッ!!
「きゃっ!?」
顔の近くで何かが弾けて、彼女の視界が真っ白に染まった。たまらずその場に尻餅をつく。
「な、何……?」
ミートは足下に転がっていたそれを拾い上げた。
たっぷりと小麦粉を仕込んだ蜜柑の空き缶、それが中ほどで木っ端微塵に破裂している。
どういうつもりでやったのか知らないが、先程弾けたのがこれだというのなら、まともな人間が受けたら怪我どころでは済まないのではなかろうか。
「こんなの仕込むだなんて……危険すぎるじゃないの!」
ミートは破れた缶を投げ捨てて立ち上がった。
くいっ。
今度は足が何かを引っかける。
バシャ! バシャ! バシャ!
「あうっ、あうっ、あうっ!」
今度はどこかからボール状の塊が飛んできて、ミートの顔にぶつかって潰れた。
中からどろりと甘い香りのする白い液体が出てくる。彼女はたまらず横によろめいた。
ブツッ。
まただ。ミートは上から何か嫌な予感を覚えて、顔を上げた。
「缶ーーーーー!?」
ただの缶じゃない、業務用のでっかい奴だ。
ミートはもの凄い勢いで降ってくるホール缶になすすべもなく潰されてしまった。中には当然どろっと白い液体が。
「い、い、い……いい加減にしなさいよ!」
キレた。
ミートは頭の上の缶を跳ね飛ばすと、鬼神のごとき様相で茂みから飛び出した。
「うわあ、何だあ!?」
「きゃー、何これ!?」
「ママー、オンナノコが空飛びながら白いモノ振りまいてるよー」
その間にも、美缶はあちこちに迷惑を振りまいていた。その上、あろうことか大勢の往来の前で空まで飛んでいる。
パニックは最高潮に達していた。
「おーし、次はあっちだ! 行けー!」
「イケーー!!」
「『行けー!』じゃなーい!!」
──キーン……ゴゴゴゴ……
最早なりふりなど構っていられないと判断したらしい。
背中の羽を広げたミートが、美缶の頭上を追い越して目の前に降り立った。
ただまっすぐ飛んでいた美缶は、勢いを殺す事も出来ずに、そのまま広げられたミートの腕の中へ飛び込んでいった。
「ふう、捕まえた。まったく、手間ばっかりかけさせて」
文句を一人呟いていると、ミートは腕の中からじーっと美缶が自分の事を見上げている事に気付いた。
「何? どうしたの?」
「キャハハハハハハハ!」
突然、大笑いをしだす美缶。
顔から、肩から、白粉を被ったように真っ白になっているミートの今の姿を見れば、そりゃあ笑いたくもなるだろう。
「…………と、とにかく。こんなバカな事やっていないで、早く帰るわよ」
「ハーイ」
「あと、持ってるものを全部出しなさい。また振りまいたりしないように、没収するから」
美缶はミートに言われるまま素直に、持っていた荷物をミートの前に並べた。
するとまあ次から次へと出るわ出るわ。あまりの数の多さにミートは開いた口がふさがらなかった。
「小麦粉、ベーキングパウダー、生クリーム、牛乳、練乳、ヨーグルト……これ、本当に全部振りまくつもりだったの?」
何も言わずしきりに頷く美缶。
これだけ大量に振りまかれていたらと思うと一種寒気も走るが、逆にそうなる前に回収できてホッと一安心もしていた。
ミートはホワイトデーの本当の意味を美缶に説明しながら帰途に就いた。
「そういうわけだから。ご主人様の言ってた事はまるっきりの嘘だからね。
分かったらもう二度とあんな真似はしないで頂戴ね」
「ウン、ワカッタ」
コクコク。
本当に分かっているんだか分かっていないんだか。
ただ頷いているだけのようにも見えて、ミートは不安を覚えざるをえなかった。
「なーんだ、そうだったのかよ、ヒドイ話だな。ま、何はともあれ、一件落着だな! はっはっは……」
ジャキン!!
雄弁に語りながら笑い転げる頭上の蜜柑に銃口が突きつけられる。
「なっ、何だよ……お、俺は別に悪くないぞ! やっこさんに吹き込まれてだなあ……」
「うるさい、消えろ」
ドガガガガガガガガガッ!!
「ギャーーーーース!!」
「ただいま帰りましたー」
「タダイマー」
「あら、意外と早かったじゃないの」
家に戻った二人を、特に変わった様子もなく飄々とコン○ームが迎えた。
美缶はミートの手を離れ、靴を脱ぎ散らかしてコン○ームに抱きついた。
「あーあー、派手にやられたもんね。ほら、洗浄に行ってらっしゃい」
「ご主人様、一つお聞きしたいんですが」
「なあに?」
「もしかして、最初からこうなる事は予想済みだったとか?」
「まあ大体ね」
コン○ームはしれっと言って美缶の頭を撫で回した。
「弾幕機能とかトラップ作成機能とかいろいろ新しくつけてみたもんだから、ちょっと実験もしてみたかったのよね。
そうしたらあんな話してくるもんだから、ちょうどいいやって思って……」
「外せ」
「エー、ドウシテー?」
コン○ームは自分の顔の所まで美缶を持ち上げておちゃらけてみせる。
ミートはその美缶の頭を押しのけて、コン○ームと自分の顔を突き合わせた。
「オツムの足りないコに、これ以上武器持たせないでください、お願いですから!」
ホワイトデー向けのネタ。
見事に当日にホスト規制喰らって、3/14に投下できなかったブツ。
書いてる最中の自分の脳内イメージは
美缶たん = 娘
ミーたん = 母
コン○ームたん = おば……(ry
……ふじこ
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