夢見のめもりー


 ──最近、私には悩みがある。

 日頃から、私は、仲間内で自分だけが何だか取り残されてしまっているような、そんな気がしている。他の仲間は楽しそうに話をしているのに、私だけはいつも蚊帳の外だ。
 幼い頃から勇者になるべく育てられた私は、戦うことしか頭にない。
 だが、他のみんなは違う。戦うための術も身につけているが、それ以前に普通の人間らしい生活も営んできた。
 そんなみんなと私との間には、考え方の根本に大きな隔たりがあるらしい。私がいくらみんなに話を合わせようとしても、なかなかうまく話が通じることがない。
 だから、旅が進むに連れ、次第に私は仲間から取り残されてしまった。
 仲間とのコミュニケーションすらもまともに取れないくせに、リーダーなどとは……呆れた話だ。笑い話にもならない。

 やはり仲間との親交を深めることも重要なことだ。

 仲間との意思疎通もできないようでは、これから先、旅するにあたって支障が出るに違いない。そのためには、剣の腕を磨く以外に、みんなの話に加われるようになることも大事なことだ。
 私はそう決意して、宿泊している宿の部屋に向かった。

「……でね」
 部屋の前に辿り着いた私は、中に入ろうとドアノブに手をかけたところで、中からする声に気付いて耳をそばだてた。
「ピューって落ちていってるとね、空と海との境目がどんどん消えていってね、どこまでが空でどこまでが海なのか分からなくなっていったの。もう一面真っ青!」
 メンバーの中でもっとも年少でもっとも明るい性格の、魔法使いトリスの声だ。
 何やら興奮しているのか、話しているその口調がいつもよりも高揚している。
「でね、空も海も一緒になっちゃったらね、今度はあたしもその中に溶け込んで行っちゃうような感じがしてね、なんかお空と一緒になるんだーって気がしちゃってね、なんだかうっとり〜。こういうのって、なんかステキじゃない?」
「……うーん、あたしはそのアンタのぶっ飛んだ感性にはちょっと着いていけない気がするなー……」
 今度はマリアの声がした。非常に剣の腕が立つ戦士なのだが、妙に洒落っ気があり、仲間にうち解けられなかった私と違って今では自然にみんなと馴染んでいる。
 私はそんな彼女がとても羨ましかった。
「ぶぅ。それじゃあマリアちゃんは一体どんな夢を見たのよー?」
「ん、あたし? あたしは……森に迷った挙げ句、延々と爺さん相手に岩を運んでたような……」
「マリアちゃんってば、夢の中でも苦労にーん!」
「うるさいよ!」
 トリスの笑い声が聞こえる。
 本当に、楽しそうだな……
 ノブをにぎる私の手が、いつしか震えていた。
「どうしたの、ミリー。そんな所でぼーっと突っ立って」
 背後から声をかけられて、私はびくりと体を震わせた。
 恐る恐る振り返ってみると、もう一人の仲間、フィリスがそこにいた。
 厳しい修行を乗りこえ、悟りを開いた賢者なのだが、いやに俗っぽい性格である。旅装束を着て、杖を持って、卓越した魔法を使うことを省いてやれば、道行く普通の女性と何ら変わりない。
「あれ、何だろ? 何か面白い話でもしてるのかな?」
 部屋の中から一際大きなトリスの笑い声がしたと思うと、フィリスは目を輝かせて私の横から部屋の戸を開いた。
「ねえねえ、何話してんの? 楽しそうじゃない」
「あっ、フィリスちゃん! ……あれ、それにミリーも」
 部屋に入ってきた私たちに、トリスがいつもと変わらない笑顔で応えた。
「ねえ、何話してたの?」
「ああ。みんなでアリアハンを発った日の朝にさ、あたしもトリスも不思議な夢を見たっていうから、その話をしてたんだ」
「へえ……夢、ねえ」
「フィリスちゃんは? 変わった夢、見なかった?」
「……うーん……」
「なんかおっきな滝の前に立って、女の人に話しかけられてる夢なんだけどー……」
「そういう夢は見てないわねー」
「そっかあ……」
「あ……」
 トリスの話を聞いて、思わず私の口から声が出ていた。三人の視線が一斉にこちらに向けられる。
「……どうした、ミリー」
「いや、その夢……私も、見たことがある」
「え、ホント?」
 床に座り込んでいたトリスが身を乗り出して聞いてくる。私は軽く一度首を縦に振った。
「ああ。すごく印象に残っているから、間違いない」
 一瞬、部屋の中が静かになった。
 何か変なことでも言ったのだろうか。私はおろおろと部屋の中を見回した。
「へー……」
「びっくり……」
「あはは、これでトリスもマリアも変人の仲間入りね」
「あっ、何だよ、それ!」
「フィリスちゃん、ひっどーい!」
 ……そうか、私はやっぱり「変人」と思われていたのか。
「で、どんな夢だった?」
「……どんな?」
「滝の前で話しかけられた後の夢が、あたしとトリスとで違ったんだよ。ミリーもやっぱり続きがあったんだろ?」
「……あ、ああ」
 私は頷いた。
 そうか、落ちていってるだの岩を運んでいるだのというのは、その話だったのか。
「どんなのだった?」
「……私が見た夢、は……」
 私は顎に手を当てて、忘れかけていた記憶を漁り始めた。

 ──滝の流れる峡谷の景色が滲むように溶けていった後、気が付いたら私は砂漠のまん中に立っていた。
 どこを見ても一面の砂で、それ以外の物はまったく見当たらなかった。
 その場にいたところで始まらないと、方向を決めて何歩か歩きだしたところで、急に強い風が砂を巻き上げ、私の視界を覆ってしまった。
 何とか顔に付いた砂を払って前を見ると、陽炎の中でゆらめく二つの人影が目についた。人がいるのならここがどこか分かるかも知れない、そう思って近付いていくと、それは二人組の男だった。どちらも精悍な顔だちで、目鼻立ちが似ていたところからすると、二人は兄弟のようだった。
 二人のうち片方は砂の上に仰向けに倒れていて、もう一人がその男の手を握ってしゃがみ込んでいた。
 二人は何やらお互いに叫び合っていたようだったが、いかんせん風の音が強すぎて私にはよく聞き取れなかった。
 そのうち、話が終わったらしく倒れる男の手を握っていた男が天を仰ぎだしたところで、私は二人の元に近寄っていった。
「ちょっと……」
「うわっ! 誰だ、お前!」
 私が声をかけると、男はひどく驚いて飛び上がった。
「え、私は……」
「オイラたちの話を聞いてたのか?」
「話? いや、私は……」
「ま、まあこの際どうでもいい。お前が誰かというのも、この際どうでもいいや」
 私が何を言ってもまったく耳に届いていないようだったらしく、男は一人で勝手にまくし立ててきた。
「なあ、教えてくれよ! オイラはどうしたらいいんだ?」
「それを私に聞いてどうする? お前の人生なんだから、お前のしたいようにすれば、いいじゃないか」
「…………」
 私が言ってやると、男は急に黙り込んでしまった。それから、しばらく男は何かを考えていたようだったが、やがて思い切ったように砂の上で拳を握って顔を上げた。
「そうか……そうだよな!」
 そうすると、男は倒れていたもう一人の男の服を剥がし、自分も服を脱いで互いの唇を、体を重ね合わせ始めた……
 しばらくそれを見てから、私は満足して二人を後にして砂漠をまた歩いて……


「…………」
「…………」
「…………」
 ふと、三人の奇妙な視線に気付いて、私は回想を打ち切り、口を止めた。
「……何だ? いったい、どうした……?」
 ひどく気まずく思って、私は三人に問いかけた。みんな、同じように顔を引きつらせている。トリスに至ってはすっかり体ごと後ろに退いていた。
「はは、はははははははは……」
 けいれんでも起こしたかのようなトリスの奇怪な笑い声が沈黙を破る。
「…………ミリーって、そういうシュミがあったんだ……」
 続くフィリスの声も、どことなしか震えていた。
「……ゴメン。あたし、アンタの考えにだけは着いていけないわ……」
 最後に、マリアが頭を押さえて苦しそうに呻いた。

 ……何がいけなかったのだろうか?
 それ以上は何も言えず、私はただ黙って首をかしげるしかなかった。

 ──やはり、コミュニケーションというものは、難しい……

[END]


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