温かい光が揺らめきながら、湿気の多い通路の苔むした壁や床を赤く照らし出す。
 光は、細長く伸びる二つの影と共に、通路を進み、角を曲がり、階段を下りていく。
「ねえ、寒くない?」
 少女は、光を提げ前を行く少年に問いかけた。
「そうか? 俺はそうは思わないが」
 少年は服の上から皮の鎧を着て、さらには厚手のマントまで羽織っている。ローブしか着ていない彼女に比べると、明らかに重装備である。こんな事を聞くだけ無駄だったかもしれない。
「けどな、再三言っただろう? そんな格好で来ると身体を冷やすぞって」
 少年は「それ見たことか」と言うような顔つきで振り返った。
「でも、こんなに寒くなるだなんて思わなかったわよ!」
 少し苛立ちを募らせて少女が喚く。彼女の辛みにつきあうとろくでもないことになるので、少年は前を向いて先へ進むことにした。彼女にとってその反応は面白くないもののようであったが、この場に一人置いて行かれてはたまらないので、何も言わないで彼の後に着いていった。
「まあ、多少冷えるのは分からないでもないけどさ。これだけ湿っていることだし、どこかに地底湖か川があるのかもしれない」
 少年が説明を続けていると、少女が一つ身を震わせて小さなくしゃみをした。
「おい、大丈夫か?」
 さすがに心配になった少年が、羽織っていたマントを外して少女の肩にかけてやった。少女はマントの端を持って抱え込むようにして身体を少し丸める。
「……ありがとう」
 少女がお礼を言うと、少年は指先で頬を掻いてから足元のランタンを拾い上げ、通路の奥へと顔を向けた。
「さ、さあ、行くぞ」

 竜の遺跡、そう呼ばれる遺跡の最深部に辿り着いた二人を待っていたのは、一つの小さな石碑であった。
「何これ? あんだけ苦労させられてたったのこれだけ?」
 だだっ広い部屋の奥に人の背の半分にも満たない大きさの石碑が一つだけ、その光景を見るなり、少女は顔中に不満の色を募らせて愚痴をこぼした。
「まだこれだけと決まったわけでもないだろう。これだけ広い部屋なのに何もないということは、何かが隠されてるのかもしれない」
「お宝?」
「さあ、どうとも。もしかしたら罠かも」
「罠? そんなものをしかけるくらいならお宝もあるって事よね!」
「……もう、どうとでも思いなよ」
 彼女につきあうのが馬鹿馬鹿しくなって、少年は石碑のある部屋の奥へと向かうことにした。先程行ったように罠があるかもしれないので、慎重に警戒しながら一歩ずつ進んでいく。
「ど、どう? 何か、ありそう?」
 少女は部屋の入り口で突っ立ったまま、そろそろと歩む少年の様子をただ見守っている。
「おうい、そんなところで突っ立ってないでお前もこっちに来いよ」
「だ、だって、罠とかあったら嫌じゃん」
「あのなあ……」
 少年は呆れてただぼやくばかりである。
「ほら、何もなかったぞ。早く来いよ」
「やーよ!」
 罠も何もなく奥までたどり着けた少年が呼べども、少女はまだ入り口から動こうとしない。仕方がないので彼は少女に構うのをやめて自分の作業に取りかかることにした。
「ええっと……」
 ランタンを石碑と同じ高さまで持ち上げ、少年はそこに書かれている文字を見た。
 いささか古い文字ではあったが、そこにはこのように書かれていた。

 我思う、
 永遠たるもの、それは在るべからずと
 我思う、
 永遠たるもの、それは世を乱すものなりと
 我思う、
 如何なるものも、世の理は乱してはならず、また、世の理を乱すことは叶わぬと
 我思う、
 それは神とて同じ事なりと
 我思う、
 この世に「絶対」たる存在無きし限り、この世は秩序を以って統べらるるなりと

 

序章

 アリシアは段差の多い通路を早足で駆けていた。
「これはアリシア様、こんにちは。どうかなされたのですか……」
 届けられる声に耳も傾けず、流れる景色に目も向けず、ただひたすらと彼女は上へ上へと登っていく。目指す場所はただ一つ、長老方のおわす四元の間である。
 今朝方、占いで恐ろしい結果が出た。塔のカードと共に映し出されたのは大いなる破滅の予兆。もし来たるべき未来の姿であるならば、それ故に彼女は長老方にこのことを早急に知らせに行かねばならなかった。
 所詮は占い。結果は絶対的なものではない。ただの取り越し苦労に終わってくれればよいのだが。
 息を切らし、四元の間を除けば最も高い位置にまで登る階段を上り終えた時、彼女は飛びこんできた光景に我が目を疑った。

 今は昼になったばかりだというのに、西の空が曙のその瞬間のように一面真紅に染まっていた。
「これは、一体……?」
 ひどく気味が悪くなって彼女が視線を逸らすと、四元の間の入り口に集う長老方の姿が見えた。更なる嫌な予感を覚えて、彼女はふらつきながらもその場へと駆け寄った。
「長老様!」
 アリシアが声をかけると、四人の長老は揃って彼女に顔を向けた。
「長老様、外は危険な予感がします。どうか中へお戻りください」
 齢合わせて五百を越す老婆達は口々に何かを呟くと、再び西の空を見上げた。
「長老様!」
「分かっておる」
 憤慨するアリシアの声を長老の一人が遮る。
「今し方、我等の方にも良からぬ卦が出た。だからこうして危険を冒してまで出ておるのじゃ」
「西の空、紅く燃ゆる時……」
 別の長老が発したその声を聞いて、アリシアはその言葉を継いでその続きを口にした。

 西の空、紅く燃ゆる時
 旧き物は潰え、新しき物が目を開くであろう
 訪れるは大いなる変化の風
 流れに逆らわば、即ちそは破滅の道を辿らん

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