第1章

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 天空にはそれはそれは美しいお城があり、そこには竜の神様が御せられます。竜の神様は、天空から私達を見守っているのです。

 ふとしたことで見つけたおとぎ話の本の書き出し。何となく気になった私は、その本を読みながら回想にふけっていた。教会の学びでも何度か出てきた、竜の神様のお話。なぜか今も当時も、私は周りの子達よりその話を気に掛けている。
 教会の学びを終えてからも、私はこれといった仕事も探さず、当時からお手伝いをしていたこの鳥獣園に居座り続けている。鳥獣園とは動物や鳥を集めて飼育しているところ。あと、牧場も兼ねていて、酪農品を作って販売などもしている。さすがに屠殺して食肉を取るなんてことはしないけれど。牧場というのは頻繁にあるけれど、こういった施設は非常に珍しい、らしい。私はよその町に行ったことがないからよく知らないけれど。
 もう一つ、この鳥獣園は他では見られないことをしている。
 それは魔物と呼ばれる動物の飼育もしていること。といっても、そのほとんどは温厚な魔物達。ここにいる危険そうな魔物といえば、マムーとケンタラウス、あと魔鳥館のキメラくらいかしら。
 魔物とはどういう生き物の事をいうのか、私もよく知らない。何かしら普通の動物とは違う生態を持つらしいけど。
 私はそんな魔物達の飼育手伝いということでここにお世話になるようになった。もう六年も続けているうちに、すっかり手つきも慣れて、今じゃあ責任管理者にならないかと園長さんからお誘いを受けている。まだ私にはそんな大役は果たせませんと、今のところはお断りしているけど、悪くないかもしれないわね。何より、魔物さん達と一緒にいると落ち着くから。最近では日頃の悩みを魔物さん達に打ち明けたりして……傍目に見て変だって、自分でも分かっているんだけれど、やっぱりこれをやめようなんて今更できそうにもない。どうしてなんだろう。
「あれ、アネットちゃん、まだいたのかい?」
 部屋の入り口から声がした。短い金髪にはちまき姿の温厚な顔立ちの男性、園長さんだ。
 私は開いていた本を閉じ、足元の荷物を手にして椅子から立ち上がった。
「いえ、今から帰るところです。園長さん、魔物さん達に変わった様子はありましたか?」
「いいや、みんな元気だったよ。元気過ぎて困るやつもいたけどね」
 笑いながら話す園長さん。私もつられて少し笑った。
「ああ、よかった。それじゃあ、お先に失礼します」
 私は頭を下げて、小走りに部屋を出た。
「気をつけて帰るんだよ!」
 背後から園長さんの声が追いかけてくる。私はその声に送られて、この建物を出た。
 外に出れば、そこは普通の見物に訪れた人達の歩く場所に出る。
「また明日ね!」
 私はしきりの向こうにいる魔物さん達に声をかけて、鳥獣園を後にした。
 もう夕方過ぎ、空には細長い月が浮かんでいる。初めはこんな暗い中を歩くのがものすごく怖くって、園長さんに何度も家まで送ってもらったっけ。
 私はこのフレミーノの町の通りを家に向かって走っていった。安穏な町だけど、だからといって犯罪が無いわけじゃない。事実、私も一度襲われたことがある。大体今から一年程前のこと。だから一刻も早く家に着くために、こうして走って帰っている。
 今は人がいないが昼間は近所のおばさん達で賑わう公園を抜け、大半の店の戸が下ろされた商店街を抜け、少し赤い顔をした旅の人達が集う宿場通りを越える。一生懸命走る私の姿を、たまに通り過ぎる人達が不思議そうな目で見る。
 そうして真っ暗になる前に、私は家に辿り着いた。周りの家と同じ、ううん、それよりは若干質素に見える、木製の平屋建ての家。その家の玄関前に立って、私はドアに手をかけた。古さを感じさせるような軋みと共に、ドアが手前に開かれる。
「ピューッ!」
「きゃっ!」
 突然のことにびっくりして、私は声を上げた。
「もう、ピーターったら、驚かさないでよ」
 私は家の中から飛び出してきたその子を抱き上げた。私の顔くらいの大きさの、丸く青い生き物。ちまたでは「スライム」と呼ばれている。もちろん、この子も魔物。動物を家で育てている人は多いが魔物を育てているのは私だけだと、誰かに言われた覚えがある。でも、そんなに珍しい話なのかな?
「ねえ、ピーター。お兄ちゃんはもう帰ってる?」
「ピュ、ピュ、ピュピュッ!」
 ピーターは何度か小刻みに体を震わせて話してくる。
「そう、まだなんだ。どこに行っちゃったのかしら? まあいいわ、とりあえず中に入りましょ」
 私はピーターと一緒に家の中に入ると、玄関の戸を閉めた。
 お兄ちゃん、お夕飯までにはちゃんと帰ってくるかなあ?

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