第4章
──……ィィィィィィィン…………
薄暗い空間の中心に突如光が灯り、そこから青白い渦が大きく口を開いて広がる。
「うおああっ!?」
直後、渦の中からバティの体が吐き出され、彼はそのまま頭から床に転落していった。
「いっててて……っきしょー、何なんだよ、これはよ!?」
頭を抑えて頭上の渦に文句をぶつける。すると、渦は音を大きくしておもむろに口を広げ始めた。その向こうから人間の指と思しき物が姿を現し……
「……おい、まさか……」
危険を感じてバティがその場から逃げ出そうとする。しかし彼が行動に移ろうとするその前に、渦の中からフレイとカデルの二人の体が弾き出され、逃げ遅れたバティを押し潰そうとするように真っ逆様に落ちてきた。
「いってぇー……ヒドイ追い出し方だな、まったく」
フレイは、頭上でまたたくように明暗を繰り返す渦を見上げて悪態をついた。無論それに反応するはずもなく、渦は相変わらず緩やかにまたたき、回転しながら、その大きさを大小交互に変えている。気持ちを切り替えて、フレイは自分の飛ばされたこの場所に目を向けた。
時間を感じさせる、古びた石造りの広間。彼らが先程までいた遺跡の広間と同じか、それより心持ち狭く感じる程度の広さで、構造も酷似している。向かいの壁が遺跡の時とは違い行き当たりであることさえなければ、その場に居座ったまま時間だけが過ぎたのではないのか、とも思わされたかもしれない。
「いったいここは……?」
「おい、お前ら、早くどけよ! 重いんだよ!!」
更に部屋を観察しようとしたところで、下からバティの声がしてフレイとカデルは慌てて飛び退いた。
「わ、悪い。大丈夫か?」
「大丈夫か、じゃねえよ、ったく!」
バティは起き上がると、悪垂れて首に手をやり頭を回した。
「だから、謝ってるじゃないか。仕方ないだろ、いきなりあんな所に放り出されたんだし」
「あのさあ」
ひねてそっぽを向くバティをフレイが宥めようとしているところへ、カデルが横槍を入れてきた。
「何だよ」
不機嫌も露わにバティが顔を向ける。カデルはそこからやや離れた場所で、何やら不安そうな顔をして、落ち着きなく組んだ手の指を動かしていた。
「話してるのもいいんだけど、あんまりそこに長くいるとさ、ほら、また……」
──キィィィィィィ………………ン……
金属を引っかいたときのような甲高い音。耳障りなその音が大きくなると共に、再び頭上の渦が輝きを増して膨張し始めた。カデルの様子からいち早く察したフレイは既に遠くに避難していたが、音を聞いてようやく気付いたバティが見上げた時には、渦の中から日本の白い腕が飛び出してきた後だった。
「きゃああああっ!!」
「うわああああっ!?」
渦の中からアネットとオズが姿を現すと、彼らは抗うこともままならず真っ逆様にバティの上に落っこちていった。
「……だから言ったのに」
「く、くそ、何で俺がこんな目に……」
床に這いつくばって忌々しそうに呻くバティ。打ち所が悪かったらしく、すぐ上で横たわるアネットはすっかり目を回して伸びてしまっていた。
「うーん……だ、大丈夫、お姉ちゃん?」
アネットの背中の上に乗りかかっていたオズは、床に下りたって彼女の体を引き下ろすと、彼女の頬を軽く何度か叩いてやった。
「ん、んん……あれ、ここは……? あいたたた……」
涙をにじませて、打ちつけた頭を抑えるアネット。額が少し赤く染まっているが、それ以外は特に目立った外傷はないようである。
「おい、アネット。頭打って平気か?」
「姉ちゃん、大丈夫?」
アネットの様子を気にかけて、フレイとカデルも彼女のそばに近付いてくる。
「……おい、俺への心配はナシかよ」
まだ床に突っ伏したまま、バティが恨み節をこぼした。
「あ、お兄ちゃん、カデル君…………ここは、どこ? ……オーエンさんは?」
アネットが周囲の様子に気付いて首を回す。フレイは黙り込んで、彼らが振り落とされた渦の方を見上げた。
そこに渦はもう無く、ただ朝霞のようにぼんやりと光の粒がきらめいているだけであった。その光の粒もやがて散り散りになり、薄暗い虚空へと飲み込まれていった。
「ねえ、お兄ちゃん……?」
ぼんやりとその様子を眺めていたフレイにアネットがすがりついてくる。不安に揺らぐアネットの瞳に、フレイは何と言おうか言葉に窮した。
「……ああ、ここがどこなのかは分かんないけど、さっきまでいた場所とは随分違う、みたいだな……」
「オーエンさんは? 姿が見当たらないけど……大丈夫かしら」
「…………」
フレイが黙り込む。この場にいる全員が揃うまでその場にあり続けた渦が消えた今、恐らくは向こう側でも渦は消えてしまったのだろう。ならばオーエンはあの場で、十人はいた兵士達に囲まれたまま、取り残されたと思って間違いはいないだろう。
アネットもそれは承知で尋ねていたに違いない。フレイの沈黙を見ると、彼女は唇を噛み締めて自分から顔を逸らした。
その雰囲気は他の三人にも伝播し、全員が黙り込んで歯噛みをする。
「なあ、アネット……」
気まずさを覚えたフレイが、アネットを慰めようと声をかけると、彼女は急に振り返って明るい表情を見せた。
「大丈夫! こっちには来れなかったかも知れないけど、オーエンさん、きっとあそこから逃げ出せたよね。また、どこかで会えるよね」
「…………あ、ああ、そうだ、な……」
無理をしているのはありありと分かる。だが、自分に言い聞かせようとしているその言葉に水を差すわけにもいかず、フレイは彼女の言うがままに頷いた。
そんなフレイをアネットがしばらくじっと見つめる。
「な、なんだ、アネット?」
「…………ううん、別に」
まだすっきりとはしていないようだが、アネットの声には先程までよりは力があった。それよりもフレイには、なぜ突然見つめられたのかが分からず首を傾げた。
「おい、兄妹水入らずもいいけどよ、そろそろ今のこの状況を何とかすることを考えた方がいいんじゃないか?」
バティがフレイの頭を小突いて口を挟む。
「……バティ……?」
バティの表情は何かしら妙に苛立っているように見える。気に食わないことでもあったのだろうか。
「…………ああ、分かった」
あまり深く考えても分からないような気がする。それならばと、フレイは相づちを打って部屋の様子に目を向けた。
部屋の中には特に変わったものは見当たらない。先程見つけた背後の出口以外に、この部屋から出られそうな場所もない。
「しかし、何とかすると言ってもな……」
フレイは頭を掻きながら、その出口の方へと足を向ける。
「結局、ここから出るしかないんじゃないか?」
出口から一歩外の通路に出たところで、フレイは振り返って脇の壁を叩いた。
「……! フレイ、後ろっ!!」
オズの叫び声。フレイは振り向きざまに横へ飛び退いた。彼の顔のすぐ横を鈍く光は者が横切る。
「なっ、なんだ、こいつ! うわっ!!」
フレイの目の前で、一体のガイコツ兵が錆だらけの剣を振り回している。武器を持たず丸腰のフレイは、必死にその剣を交わして逃げることしかできなかった。
「くそっ、このっ!」
狭い通路で逃げ回っているのは危険だ。フレイは隙を見てガイコツ兵を蹴り飛ばすと、倒れた相手の上を乗り越えて四人のいる部屋の中へと駆け込んだ。
「…………!! …………!?」
すると、ガイコツ兵は驚いた様子で何度か周囲を見回してから、探し物を求めるような素振りで通路の先へと歩いていった。
「ど、どうなってんだ……?」
出入り口の前で尻餅をつき、呆然とするフレイ。
「この部屋全体に、結界でも張られているのかな?」
呟くアネットの言葉に全員が振り返る。
「けど、そうだとしたら、その結界はどうやって作動してんだ? 装置とか、魔法陣とか、そんなのは見当たらなかったぞ」
「あっ! あれ!!」
カデルが驚いて上を指差す。
「なっ、何だ、ありゃ!? さっきまではあんなん無かったぞ!?」
彼らの頭上、天井全体で、光の粒が渦を巻き巨大な魔法陣を描いている。
「もしかして、さっきの旅の扉が……?」
魔法陣の模様に沿って対流する青白い光の粒子。確かに、旅の扉を作っていたあの光の粒によく似ている。
唖然と五人がその様子を見守っていると、光の粒は次第に集まりながら動きを変え、一条の光線となってアネットの元へと飛んできた。
「……!? きゃ……っ!」
「アネット!」
光条がアネットの身体を貫く。直後、彼女の身体からまばゆい光が飛び出した。
「うわああっ!?」
「きゃああっ!!」
あまりのまばゆさに、フレイ達は目を覆った。光は凄まじい勢いで広がると、瞬く間に部屋全体がその光に飲み込まれていった。
ほのかに青みを帯びた真白い空間の中に、一つの影が浮かび上がる。これほどの眩さにもかかわらず、シルエットしか覗えないが、それが鎧を纏った若い男のものであることは分かった。
『……偉大なる神よ、彼らに加護と祝福のあらんことを……!』
男は手にした剣を高く掲げると、それで光の空間を横に一文字になぎ払った。剣の軌跡から更に光が飛び出し、光の空間を金色に染め上げる。
『子供達よ、怖れることはない。信じるがままに進むがいい。定めは君達に味方をしてくれよう』
「あっ、あの……あなたは……!?」
男がもう一度剣を掲げる。
すると光は輝きを失っていき、それに合わせて男の影も光の中へと消えていった。
「おい、フレイ、アネット! 大丈夫か、しっかりしろ!」
バティの声がする。それを耳にして、フレイとアネットの二人は、はっと我に返った。バティ達三人が、彼らのことを心配そうに見ている。フレイとアネットの二人は、不可解な面持ちで互いに顔を見合わせた。
「……なあ、さっきの、もしかして……」
「私達に、だけ? あの時、みたいに……?」
動揺の色を隠せず立ちつくす二人。
「ねえ、大丈夫? 真っ青な顔してるよ? 具合が悪いんだったら、ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
「……ああ、大丈夫だよ。ちょっとボーッとしてただけだからさ。心配してくれてありがとな、オズ」
「でも、やっぱりここで少し休んでおく? みんな疲れてるみたいだし」
アネットは改めて全員の表情に目を向けた。牢に放り込まれて憔悴しきっているフレイ達もさることながら、ここまで休み無しに動いてきたバティとオズの二人の顔には、それよりも更に疲労の色が濃く見えた。
「けどさ、さっきのバケモノはともかく、ここにいて、また襲われたりとかしないかな? なんかさっきの魔法陣もいつの間にか消えてるみたいだし」
カデルが頭上を見上げる。天井は、先程までそこに魔法陣があったことが嘘であったかのように、さっぱりと何もかもが無くなっていた。
「……俺は大丈夫だと思う、ここにいる限り」
「……うん、私も。なんだか、そんな気がする」
フレイとアネットが、互いに納得したように頷き合う。そんな彼らを他の三人が怪訝そうに見て目をしばたたかせる。
「…………まあ、そう言うんなら信じるか。正直、俺も一日中動き回って疲れたぜ」
「バティはほとんど何もやってなかったじゃないのさ」
「バカ言え。そりゃ戦闘にゃあんま参加してなかったかも知れないが、舟漕いだのは誰だと思ってんだ? あとな、実験台になんのはすっげー疲れんだよ!」
どうやら、ことごとく上にのし掛かられたことをまだ根に持っているらしい。ねちっこく文句を垂らすバティに、四人がそれぞれに苦笑を浮かべた。
床の汚れを軽く払って簡単な場所を作ってフレイ達は仮眠を取ることにした。念のために一箇所に集まらず、フレイとアネットの二人と残りの三人の二組に分けて、少し距離を開けてある。
疲れのたまっていたバティ達や、慣れない環境に置かされたカデルらは、座り込むなりすぐに眠ってしまっている。
「……どうした、アネット?」
眠りにつけずにいたフレイは、隣で横になっているアネットが細々と何度も体を動かしていることに気付いて、彼女に声をかけた。
「うん……なんだか寝付かれなくって。ほら、一度にいろんなことがあったでしょ。それに、やっぱりこれからのことを考えると不安もあるし」
アネットが小さく丸めた身体を微かに震わせる。反対側を向いていて表情は分からないが、かなり滅入った様子であることは分かる。
フレイは手を伸ばして、日頃やっているように彼女の頭を撫でた。いつもは柔らかく絡みついてくる彼女の金色の髪も、さすがにこの状況でかなりかなり硬く傷んでしまっていた。
「お兄ちゃんは? ずっと起きてたの?」
「ん、ああ……まあな」
「私と同じ理由で?」
「……それもあるけどな……」
ここのところ、自分の周りで目まぐるしく何かが動いている。下手の考え休むに似たりと、出来る限り考え込まないようにしていたが、気に留めないようにしておくにはあまりに疑問に感じることが多すぎる。
「信じるがままに、か……」
ふと、光の中で出会ったあの男の言葉が頭を掠める。旅を続ける限り、これからもこうした事が幾度となくあるに違いない。その時でも自分が信じられるかどうか、自信が持てなくなってきた。
傍らのアネットに目をやる。
彼女も自分と同じように、何かを背負わされ動かされている。相当に辛い思いをしているに違いない。自分は兄として、そんな彼女に何かをしてやれていただろうか。
「なあ、アネット」
「……何?」
アネットの小さな声。
「その、さ……悪かったな、いろいろと」
「……なあに、いきなり?」
アネットが身体を反転させて、フレイの方を向いた。
「だからさ、俺が身勝手なばっかりに、余計なことに色々と巻き込ませちゃってるから、その…………ごめん」
「…………」
沈黙。長い静寂が二人の間に生まれる。
「……ぷっ、くすくす……」
すると突然、アネットが声を殺して笑い始めた。
「おい、何で笑うんだよ!?」
「だって、いきなり何を言い出すのかと思ったら、あはは……頭でも打ったの?」
あまりの言われように、思わずフレイが口を尖らせる。
「何だよ、折角人が腹括って謝ってんのにさ」
「あはは、ごめんごめん……でも、やっぱりそう言うのお兄ちゃんらしくないよ。もっと向こう見ずで滅茶苦茶やってる方が似合ってる」
「おいおい……」
すっかり気骨をなくして、フレイはため息混じりにぼやいた。アネットはたっぷり笑ってから、悪戯っぽく彼を見上げた。
「でも、本当にそう思ってるんだったら……張らせて」
「……は?」
「だから、お兄ちゃんが無茶をやったら、ほっぺたを一回、私に張らせて」
「何だよ、それ? どうしてそうなるんだよ?」
わけが分からず聞き返すと、アネットはむっと頬を膨らませた。
「じゃあ、さっきのはウソだったんだ。お兄ちゃんのウソつき」
アネットが背中を向けて丸まる。すっかり参った様子でフレイは頭に手をやった。
「わ、分かったよ。好きなだけ叩けばいいだろ」
その言葉を聞くと、アネットは起きあがり、嬉しそうな顔をフレイに向けた。
「本当? じゃあ、早速……」
アネットが広げた右手に息を吐きかける。
「お、おい、いきなりかよ……!」
慌ててフレイは一歩後ずさった。
「当たり前でしょ。今までどれだけ私やみんなが迷惑してきたと思ってるの? 逃げちゃダメよ、お兄ちゃん!」
たじろぐフレイに歩み寄って、アネットが右手を振りかぶる。相当手痛い一発が来ると思ったフレイは、たまらず堅く目を閉じた。
「…………っ! ……ん、あれ?」
恐る恐る目を開けたフレイの左頬に、軽くアネットの手が添えられている。その向こうにはしたり顔のアネットがいる。
「ふふっ、今までの分はこれで許してあげる。もう済んだことだしね。でも、今度からは本当に、本気で叩くから、覚悟しててね」
言葉を失ったままのフレイの顔からアネットの手が離れる。
「あー、すっきりした。それじゃあ、お休み、お兄ちゃん」
にっこりと笑って、アネットが床の上に横になる。フレイはアネットの手が添えられていた頬に手を添えた。
「……参ったな」
先程までのわだかまりが少し晴れた思い。兄としてアネットを慰めようとしていたのに、逆にアネットに慰められてしまった。
「らしくない、か……言われてみればそうだよな……そうだな」
何となく納得して、フレイはアネットの横に腰を下ろした。
「ありがとな、アネット」
そしてもう一度、アネットの頭を軽く撫でてから、フレイは床に身体を横たえた。
仮眠を終えて疲れを取ったフレイ達は、部屋を出て通路を歩き出した。最後尾を行くオズの前では、バティが地図を書きながら道を確認している。
ここはどこかの建物なのか、洞窟の中なのか、そういった細かいことはよく分からないが、何もない至って殺風景な場所であることと、旅の扉で飛ばされる前の遺跡と壁や床の作りがよく似ていることはよく分かった。そして、先程のガイコツ兵以外にも、危険なモンスターが多数徘徊していることも分かった。
ラインハットの一件で剣を折ってしまっていたフレイは、バティにナイフを借りてそれらのモンスターを追い払っていた。
「なんかさあ、もうこいつら見んの飽きちまったよ」
バティが今し方退治したドラゴンバタフライの死骸を蹴り飛ばす。
「文句言うんじゃないよ。まだ出口に付いてない、先に行くしかない、で、奴らは向こうから襲ってくる。待ち構えて追っ払うしかないじゃないか」
「わーってるよ、ったく。こう狭くっちゃ、呪文もおいそれと使えないしな。しっかり盾になってくれよ、その為に俺のナイフを貸してやってんだからな」
「はいはい、ありがたいことで」
それからもぶつぶつと文句を言い続けるバティ。その度にオズやカデルが小突いたりつねったりして叱っているのだが、まったく意に介してくれない。
そうして歩くうちに回復させた体力もランタンの油も底が見え始めたとき、彼らは出発した場所と同じくらいの広さの部屋に行き当たった。
「何だ、こりゃ。もしかしてぐるぐる回ってるうちに戻ってきちゃったのか?」
「おいおい、んなことたないだろ。最初の部屋と全然位置が違うぞ」
バティが自分の書いた地図を見る。道は右に左に何度か曲がってはいるが、一周して戻ってきているようなことはない……地図が正確ならば。
「取りあえず部屋に入ってみたら? どうせ他の場所は探し終わったんだしさ」
「そうだな」
オズに言われてフレイは部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋には何もない。出口は今し方彼が入ってきた一つしかない。あまり嬉しくないが、最初の部屋とよく似ていた。
フレイは何か無いものかと、部屋の至る所に目を向けてみるが、やはり何も見当たらない。
「どう? 何かあった?」
他の四人も部屋の中に入る。そして全員で部屋の至る所を調べてみるが、それでも何一つ珍しいものは見つけられなかった。
「本当に行き止まりなのかな?」
「参ったな。と、すると、途中で見かけたあそこが出口だったんか」
バティが地図を見て顔をしかめる。途中、ちょうど中程の所に描かれた分かれ道の先にはバツ印が打ってある。その場所は崩落した瓦礫に埋もれた行き止まりであった。
「じゃあ、もしかして俺達ここから出られないってこと?」
カデルが悲痛な声を上げる。他に声を上げる者はいなかったが、全員が同じ事を考えていることは間違いない。
「まだそうと決まった訳じゃないだろ。探してみたら何かあるかも知れない」
フレイが壁づたいにその様子を調べ始める。
「そうは言ってもよ、あれだけ色々調べ回して何にもなかったんだぜ。今更もう一回探したって……」
「もう一回、調べてみましょうよ」
アネットも同じようにして、足下の床石を一枚一枚調べ出した。それに合わせてオズとカデルも、先程より更に丁寧に部屋の中を調べ回す。
「けっ、だから何もないって言ってんのによ」
バティはふて腐れて、その場に座り込もうと床の汚れを靴で拭った。
「……ん?」
苔と乾いた泥の下から、明らかに周囲の床や壁の石とは異なる色の石が姿を現した。
「おい、ちょっとこっち来てくれ!」
バティが四人を呼びつける。全員が探し物をやめて集まってくるまでの間に、バティは足下の床の汚れを一通り拭い落とした。
魔法陣である。顔くらいの大きさの石の中に収まる程度の、非常に小さいものではあったが。
「すごーい、よくこんなん見つけたね。やるじゃん、バティ!」
「ま、まあな。俺の手にかかればこれくらい大したことないぜ」
「俺には偶然にしか思えないんだがな」
虚勢を張るバティにフレイが冷ややかな視線を向ける。
「でも、これは一体どんな意味があるのかな」
「……! ……もしかして……」
アネットが胸元に手を当てると、首に下げていたあのペンダントを取り出して、それを魔法陣の上に静かに置いた。
「そうか、もしかしたらそれでもう一度旅の扉が!」
全員が期待に目を輝かせる。
そして一呼吸、二呼吸……息を潜めて待ってみるが、静かなまま、変化の見える様子がない。
「……ハズレ?」
「そんなあ……」
大恥をかいたと思ってアネットが顔を真っ赤にする。
その直後、魔法陣から青白い光が浮かび上がり、紋様に沿って渦を巻き始めた。
「おっ、やったか!」
光は徐々に輝きを増し、続け様に湧き上がってはペンダントに吸い込まれていった。ペンダントは十分に光を吸い込むと、突然まばゆい光を放って宙に浮かび上がった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
驚いて全員が目を覆う。
閃光は一瞬で終わると、そこにペンダントの姿は無く、代わりに彼らの目の前にあの時と同じように光の渦が姿を現していた。
「本当に、出てきたよ……」
「ど、どうする?」
「……ここまで来たら、考えても仕方ないだろ。行くぞ」
逡巡する四人の目の前で、真っ先に決断したフレイが渦の中に飛び込んだ。渦は一瞬だけ形を大きくすると、フレイの身体を完全に飲み込んでどこかへと連れ去っていった。
「お、お兄ちゃん……?」
呼びかけても当然のことながら返事はない。
「ほら、姉ちゃん。何ぼっとしてるのさ。そのままだと置いてきぼり食らうよ!」
そうして足をすくませている横で、カデルとオズが続けて渦に身を投じた。彼らが飛び込むのを見て、アネットもようやく腹を決め、恐る恐る渦の中に入っていった。
「よし、全員行ったな。もう下敷きになんのはゴメンだからな」
一人頷くバティの前で、渦は少しずつ輝きを弱め収縮を始めた。
「おっ、おい! 待ってくれよ! 俺がまだだっての!」
それを見て慌てたバティが、消えようとする渦に駆け込む。
バティの身体を飲み込んだ渦は、一瞬の閃光と共にその場から完全に消え去った。
そして、部屋に置き忘れられたランタンの火が消え、部屋は完全な闇に包まれた──
(第5章に続く)
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