天空のおとしもの

 空の彼方、いと高きところに天空城はあるという。白い雲と霞と青い空に抱かれた、荘厳でとても美しい城だ。
 天空城には竜の神が住むと言われ、それに仕えるように白い羽根を持つ住民、天空人が暮らしているという。
 遠い昔から伝わる伝承。地上の民のほとんどは、それを物語としか思ってはいない。





「う〜〜〜ん……」
 その物語でしかないと地上の民が思っている天空城の一室で、目の前にあるテーブルを見つめ、難しそうに呻く天空人女性が一人。
 テーブルの上には何の変哲もない、彼女の顔くらいの大きさの小袋が一つ置かれているだけである。
「ふんふんふ〜んふふふ〜……」
 どこで覚えてきたのか鼻歌なぞを奏で、別の天空人の少女がその後ろを通り抜けようとした。
 だが、少女は目に止まった面白そうな光景に持ち前の好奇心を刺激されると、抱えていた荷物をその場に置いて女性の横から顔を割り込ませてきた。
「あはぁ、やっぱりロッテさんだ。何してるんですかあ?」
 少女は鈴の音のような可愛らしい声で女性に尋ねかけた。ロッテと呼ばれたその女性は、煩わしそうにその少女の顔を押し退ける。
「邪魔よ、どきなさい」
 しかし少女の方も、押し退けようとするロッテの動作に張り合うように自分の頭を押し出してくる。
「いいじゃないですか、ちょっとくらい。何をしているのか、教えて下さいよう」
「何言ってるのよ。それよりあなた、仕事はどうしたの、仕事は!」
 そんな押し合いをしばらく続けるうちに、やがて疲れてやる気を失ったロッテの方が折れてしまった。
「あーもう、分かったわよ、教えればいいんでしょ」
「えへへぇ」
 少女が無邪気な笑顔を見せる。これだから手に負えないのよ、とロッテはため息をついた。
「これよ、これ」
 ロッテは少女の頭を軽く押し退けて、テーブルの上にある小袋を指差した。
 先も述べたように、何の変哲もない小袋である。過度の使用で擦り切れた麻紐で縛られた口は開けられた様子があり、多少中身の入れ方にこつでも要ったのか、袋はいびつな形に、今にもはち切れそうなばかりに膨らんでいる。
「何ですか、これ?」
 当然のごとく少女は聞き返してくる。ロッテは無言で袋に手を突っ込み、中身を一つ取り出して見せた。中から出てきたのは小さな携帯用の鏡……明らかにこの天空城には無い異質な代物である。
「今朝方、花の手入れをしていたらリースに渡されたのよ。なんだか汚らわしそうにして持っているもんだからもしや、とは思ったんだけど……」
 リースとは庭園にいるエルフのことだ。エルフは極端に人間のことを嫌っている。これで明らかに、この袋の荷物が人間の物であることは判別が着いた。
「じゃあ……」
 少女が少しだけ考えを巡らせる。もちろん、考えるまでもなくここ何百年の間にこの天空城を訪れた人間は「彼ら」しかいないことは分かる。
「それじゃあ大変ですねえ」
「当たり前でしょう。だからこうして私が困ってるんじゃない……」
 視線を向けると期待に目を輝かせる少女の顔があった。まずい、とは思ってももはや後に引くには遅すぎだった。
「きっと、勇者様達も困ってますよねえ」
「さ、さあ、どうかな……本当に困るような物だったら、すぐにでも取りに戻ってくるんじゃない……?」
「でも、戻ってこれないくらい忙しいということだって考えられますよ?」
「別に、そんなに手間のかかることでもないでしょうに……」
 何とか言葉を探して少女を説き伏せようと試みるが、まったくもって少女は聞く耳を持たない。すると彼女は意気込み高く拳を握ってロッテに詰め寄ってきた。
「ロッテさん、私達で届けに行きましょう!」
 予想通りの結末。ロッテは今更ながら安易に彼女に話してしまったことを後悔した。
「な、何を言ってるのよ。こんな事のために地上に降りるだなんて、そんなこと許されるとでも思ってるの? 世界樹の葉を摘みに行くのとはわけが違うのよ!」
「大丈夫ですよ、ちょっと行って届けてくるだけじゃないですか。ほら、こうしている間に、もしかしたら勇者様達の旅に何かしら支障が出ているのかも知れませんよ」
「…………というかあなた、ただ自分が地上に降りたいだけなんじゃないの?」
「そんなこと無いですよ! これは急を要する事態ですよ! さあ、早く届けに行きましょう!」
 もうこうなってしまった彼女には何を言っても無駄である。ロッテは頭を押さえてため息をついた。
「分かった、分かったわ……とりあえず今からマスタードラゴン様にかけ合ってみるから。ルーシア、あなたはその間に中断してる仕事を済ませなさい」
「はいっ!」
 意気揚々、少女は床に置いた荷物を抱え、また鼻歌なんぞを奏でて階下へと降りていった。
「……まったく」
 それを見送ったロッテはテーブルの上の小袋を手にし、口を結ぶ紐を軽く引っ張ってから部屋を後にした。



「うわー! すごいですー! 風がごーって、とっても気持ちいいですーー!!」
「ちょっとルーシア、暴れないで!」
 何の間違いか、結局本当にマスタードラゴンの許しが降りてしまい、ロッテとルーシアの二人は地上へと降りることになった。
 天空城は遥か空の彼方にある。その先から飛び降りた二人は、眼下に広がる雲海に向かってゆっくりゆっくりと降りていった。当然この高度では風もかなりのものである。そのため二人はその風に巻き込まれないように気流を制御する一つの仕掛けを、互いに寄り添うようにして抱えている。だが、先程から興奮のあまりルーシアがはしゃぎ回っているので、ロッテは弾き飛ばされないようにしがみつくので精一杯である。
「きゃー、雲です、雲がぴゅーって飛んでいきますよ、ロッテさーん!」
「あーもう、分かったからはしゃがないでって言ってるでしょ!」
 白い雲の海に飛び込むと、ルーシアの興奮はさらに高まっていった。視界が真っ白い海に覆われ、再び青い空が広がる、その繰り返しに、ルーシアは赤子のように無邪気に喜びはしゃいでいる。あんまりルーシアが暴れるので、ロッテはルーシアの腰に手を回し彼女にしがみつくことにした。
 そうしている間に、ほとんどの雲は眼下から頭上へと流されていった。足元の雲が消えたことで、遠くの海原の澄んだ碧が目に飛び込んでくる。風に吹かれて微かに海面が波立っている様も見て取れる。
 ここまで降りてくれば気流に流されることもない。抱き合うようにしていた二人はお互いに体を離し、自分の羽根で空を飛び始めた。
「ほら見なさい、あなたがはしゃくもんだから流されちゃったじゃないの」
「ごめんなさーい。でも、地上に降りるのは久しぶりだからすっごく楽しくって。次に私に世界樹の葉摘み当番が回ってくるのはまだ当分先ですしー」
 あまり悪びれた様子もなく陽気に言い放つルーシア。ロッテは頭が痛くなりそうになるのをこらえて、なだらかな湾曲を描く水平線の先に目をこらした。
「とりあえず陸地を探して、そこに降り立ちましょう。勇者様を求めて荷物を届けるのはそれからよ」
「はい」
 そして二人は、袋から何かしらアクセサリーのような物を取り出しそれを身につけると、別々の方角へと散っていった。



 大灯台が魔物軍から解放されて随分と時が経ち、港町コナンベリーにもかつての賑わいが大分戻ってきていた。
 港には何隻もの船が出入りを繰り返し、ドックに停泊している船には多くの船員が積み荷を運ぶためにかけずり回っている。市場では活気溢れる物売りの声が飛び交い、群れる羊のように集まる人々の流れは途切れる様子を知らない。
 ほぼ一日かけ、ようやくのことで陸地を見つけた二人が辿り着いたのはそのコナンベリーであった。
「やっと着いたわね……」
 町の入り口に立って、ロッテは疲労困憊といった様子で呟いた。背中に生えているはずの羽根は今、魔法の道具によってその姿をくらましている。
「わー、見て下さい、ロッテさん! 船、お船ですよ!」
 一方のルーシアはまったく疲れるということを知らないのか、今まさに港から出て行こうとしている船を指差し陽気にはしゃいでいる。
「あー、はいはい。そりゃ港町だから、船の一隻や二隻あって当然でしょ。それより、今日休むところを探しましょう。もう私、一日中飛び回ってくたくたなのよ」
「あっ、はーい。じゃあそうしましょうか」
 元気なルーシアに促されるような形で、二人は街の中へと一歩足を踏み入れた。
「きゃっ!」
 その直後、ロッテが何者かに肩を押されてよろめいた。
「おっと、悪いな」
 彼女を押したその相手、ちょっとだけ体格のいい三十そこそこといった感じの男は、誠意の見えない謝り方をして足早にそこから去っていった。
「何ですか、あれは? 感じ悪いですぅ。ね、ロッテさん」
 ルーシアが顔を向けると、隣にいるロッテは青い顔で立ちすくんでいた。
「……無い。勇者様達にお届けしなきゃならない、あの荷物が……!」
「ええっ!?」
 ひどく驚いてルーシアが飛び上がる。
「まさか、さっきの……」
「わっ、私が追いかけます!」
 すっかり慌てふためいて、ルーシアはまさに「文字通り」飛んで行ってしまった。
「ちょ、ちょっとルーシア!」
 慌ててロッテが引き止めようとするが、既にルーシアは声の届かない先に行ってしまっていた。後には通りを支配するざわめきだけが残される。
「んもう!」
 ロッテはささやかな憤りを覚えつつも、一人行かせたままでは心配だとルーシアの後を追っていった。

「えっと、さっきの人は……」
 商店の屋根に降り立って、ルーシアは通りを行く人の波を注意深く見渡している。頭の切れは天空人の中でも随一である彼女だ、先程すれ違っただけの男の顔もしっかりと覚えている。彼女はその記憶を元にその男の姿を求めていた。
「あっ、いた!」
 通りを埋める人混みの向こうで、目立たないように歩いている男を見つけ、ルーシアは屋根を蹴り飛ばし男の頭上まで飛んでいった。
「くそ、しけてやがんな。ロクなモンがありゃしねえ…………ん?」  膨れ上がった小袋の中身を確認しながら通りを外れて歩いていた男は、不意に自分の周囲が暗くなったことに気付いて顔を上げた。
「それを開けちゃダメですぅー!!」
「なっ、何だあ!?」
 頭上高いところから何の支えも無しに自分の方へ急降下してくるルーシアの姿を見て、驚いた男が慌てて飛び退く。ルーシアはふわりと華麗に地面に降り立ち、おののく男に向けて手を差し出した。
「それ、返して下さい、お願いですぅ」
 超人間的なアクロバットをこなしておきながら、何事もなかったかのように振る舞うルーシアに、気味の悪さを覚えた男はきびすを返してその場から逃げ出した。
「あっ、待って下さい!」
 男の足は大したもので、ルーシアが呼び止める間に男はかなり遠くまで走り去っていた。ルーシアは慌てて両手で印を組み、すぐさま右手を遠ざかる男に向けて差し出した。
「マヌーサ!」
 直後、男の周囲が真っ白い霧に包まれる。視界を奪われた男は我を失い、眼前にあるはずの樹に自らぶつかりにいってしまった。たまらず男がその場にひっくり返る。ルーシアは再び浮き上がると、目を回している男に近付いていって押し潰しにかかった。
「ぐええっ!」
 いくら若い天空人の娘であるといえ重量がないわけではない。その彼女に勢いに任せてのしかかられれば自ずとそんな悲鳴も上がる。
 ルーシアはすっかり伸びきった男の頭を両手で押さえると、体勢を低くして自分の顔をそこに近づけた。
「返してくれますか?」
「わ、分かった……返す、返すから……もう、勘弁してくれ……ぇ……」
 震える手で差し出された小袋を受け取って、ルーシアは男の上から飛び退いた。そして中身に異常がないことを確認すると、彼女はまだひっくり返っている男に向かって頭を下げた。
「ありがとうございますぅ。でも、もうこんなことしたらダメですよ」
 あくまでマイペースなルーシア。そんな彼女だからこそ、今現在自分の後ろで大きなどよめきが起こっていることなど気付きもしなかった。
 そのざわめく群衆をかき分けるようにして姿を現したロッテは、急いでルーシアの手首を取り、逃げるようにその場から駆け出した。
「ロ、ロッテさん、何するんですかあ?」
「いいから早くこっちに来なさい!」
 うろたえるルーシアを引きずるようにして、ロッテは再び群衆をかき分けて町外れまで走って行った。そして人の姿がほとんどいなくなったことを確認してから、固く握った拳をルーシアの頭に叩きつける。
「あいたっ!」
 叩かれた頭を押さえてルーシアがその場にうずくまる。
「この馬鹿! ここがどこだか分かってるの? あんな事してどうなるのか、分かってるの?!」
「で、でもでも、ああしないと……」
「お黙りなさい! いい、私達の存在はおいそれと地上の大衆に晒してはならないものなのよ。それなのに何の考えも無しに飛び回って……!」
「はうぅ……ご、ごめんなさーい……」
 頭を抱え体を丸め、怯えたように体を震わせるルーシア。その姿を見たロッテは、顔を背けて大きく息を吐き出した。
「まったく……これじゃあもう、コナンベリーにはいられないじゃないの。ようやくのこと休めるかと思ったのに……さあ、ルーシア。こんなところでのんびりしてないで、さっさと行くわよ」
 そう言ってロッテは賑やかなコナンベリーの街並みを背にした。ルーシアが怪訝そうな面持ちで立ち上がる。
「え、どこに行くんですか?」
「アネイルよ。私達なら、ここから飛ばせば半日で着くでしょ。ほら、日が暮れる前に着きたいから早くして」
「は、はい……」
 頭を垂れて言われるがままにするルーシアからは、先程までの元気はすっかり失われていた。
 その姿を見て哀れに感じたロッテは、うなだれるルーシアの頭に手をやって、柔らかな髪に包まれた彼女のその頭を撫で回した。
「ほら、いつまでも気にしないで。ね」
「はい」
 先程よりは元気のある返事が返ってくる。ロッテは少しだけ満足そうな顔をして小さく頷いた。
「さ、行くわよ」
「はい!」
 そして二人は姿の見えない翼を大きく広げると、高みから降り注ぐ陽光を抱いた青い大空に向かって、ゆっくりと飛び上がっていった。





 いと高きにある天空の城の、さらにいと高きところにある玉座の間。そこでマスタードラゴンは、地上での事の成り行きを一部始終見通していた。
「マスタードラゴン様」
 側に使える兵士の一人が、そのマスタードラゴンの前にひざまずき尋ねかけてきた。
「何だ?」
 地上とのコネクトを切って、マスタードラゴンはその兵士に視線を向ける。兵士は恭しく下げていた頭を上げ、鋭い竜の視線に己の視線を合わせた。
「恐れながら……なぜマスタードラゴン様はあの二人を地上に赴かせたのですか? ただ勇者様へ忘れ物をお届けするだけでしたら、我々に直接届けさせた方がよろしいかと思うのですが」
「うむ……」
 マスタードラゴンは己の大きな目を伏せると、しっかりと含むようにうなり声を上げ、鋭い爪の生える手で強固な鱗に覆われた顎元を軽くさすった。
 再び開かれた竜の双眸は、神化された鋭い眼光でなく、無邪気な子供のような輝きを讃えていた。
「よい機会だ、と思ってな」
 何を言い出したのか分からず、兵士は小首を傾げる。
「よい機会、ですか……?」
 マスタードラゴンはもう一度含むように唸り軽く頷いた。
「ルーシアは他に類を見ない程に大きな器を持つ優れた仔だ。だが、あれには器に入れるべき経験が大いに不足している。経験を積ませるためには、地上に降ろしてやるのが最も効果的な方法だ。天空に縛り付けるだけでは、あれの才能を殺してしまうだろう、そう思ってな」
「ですが、マスタードラゴン様……」
 過去にそうして過ちを犯した仲間がいる、そう言おうとした兵士をマスタードラゴンが片手を出して遮った。
「分かっておる。だから目付役としてロッテに付き添わせることにしたのだ。あれもまだ若いがそれなりに優秀だ。先達として、よい舵取りとして、ルーシアを導いていくだろう」
「そうですか。マスタードラゴン様がそうおっしゃるのでしたら……」
 まだ今ひとつ腑に落ちない様子ながらも、兵士は一つ敬礼をして下がっていった。
 兵士の姿が消えてから、再びマスタードラゴンは目を伏せ、無邪気な子供のような面持ちで何度も小さく頷いた。





 温泉町アネイルにルーシアとロッテの二人が着いた時、辺りの景色はすっかりオレンジ色に染まっていた。だが彼方に微かに見える水平線に太陽が沈みかけていても、周囲はむせ返るような熱気に包まれている。
「ふわわ〜、暑いですー……」
 そのあまりの暑さに、ルーシアは纏っている衣の襟元を少しだけはだけさせ、片手で風を送った。
「温泉町だからね。それに砂漠がすぐ側まで迫ってきているから。まあ日が沈めば涼しくなるでしょ。さ、行くわよルーシア。今度はおかしな真似しないでよ」
「はーい」
 本当に分かってるのかしら、ロッテはそうぼやいて町の中に入っていった。
「…………何してるの、ルーシア?」
 少し歩いて、ロッテがルーシアが自分の後について歩いてきていないことに気付いて振り返ると、ルーシアは町の入り口で突っ立ったまま、顔をしかめ執拗に鼻を鳴らしていた。
「何か、変な臭いがしませんか?」
「臭い? ……ああ。これはね……」
 ロッテが説明しようとすると、ルーシアはいきなり目を剥いて後ろに飛び退いた。
「もっ、もしかしてこれは毒ガス!? たっ、大変です! ロッテさん、にっ、逃げましょう!」
 慌てて飛んで逃げようとするルーシアにロッテは駆け寄り、後ろから彼女を羽交い締めにした。
「な、何するんですかぁ、ロッテさん! は、早く逃げないと……!」
「逃げなくてもいいのよ! これは毒ガスじゃないんだから!」
 ロッテがすがりついて叫ぶと、慌てふためいていたルーシアがやにわに動きを止め、くるりと振り返った。支えを失ってロッテがその場にうつ伏せに崩れ落ちる。
「なぁんだ、そうだったんですか。それならそうと早く言ってくださいよぅ、意地悪ですねぇ」
「あ、あんたが人の話を聞かないだけじゃないの……」
 ロッテは泣きたい気持ちになって、伏せっている砂だらけの地面に顔を埋めた。

 どうにか宿を取り、あてられた客室に入るなり、ロッテは部屋の片隅に並べて設えられたベッドの一つに倒れ込むように横になった。
「もう疲れた……このまま寝ちゃいたいくらい……」
 天空城を降りてから、休む暇も与えられないどころか、傍若無人に振る舞うルーシアのお守りまでさせられ、ロッテはほとほと疲れ果てていた。強いまどろみの中、指一本ろくに動かせないような状況で、ロッテはこんな辛い役回りを押し付けさせたマスタードラゴンのことを少しばかり恨んだ。
「ロッテさん、お食事とかはしないんですかぁ? 上がってくる前に聞いたんですけどー、とっても美味しいお料理とかがあるらしいですよ」
「もう食べる気もしない……あんたで二人分食べてもいいから、もう寝させて……」
 ベッドに突っ伏したまま、いい加減に手を振って応えるロッテ。
「そんなあ。私、太っちゃいますぅ……うわぁ、ふわふわですね〜!」
 先程ロッテがしたのと同じように空いているベッドに飛び込んだルーシアが、枕やシーツに幸せそうな顔をすり寄せる。たっぷりと頬ずりをしてから、ルーシアは隣に倒れているロッテに顔を向けた。
「でもロッテさん、そんな汚れた格好のまま寝るつもりですか? せめて汚れを落としてからの方が……ここの『おんせん』というのに入ると、汚れも落ちるしお肌もすべすべになるんだそうですよ。……でも、『すべすべ』って何でしょう……?」
「……いいから。いいから、静かにして、お願い」
 これは本当に参っているらしい。起き上がったルーシアが、ロッテのことを心配そうに見つめる。
「……分かりました。それじゃあ、私だけで行ってきますね」
 もう返事をする気もなくなったらしいロッテを置いて、ルーシアは静かに部屋を出て行った。
「すっ♪、べっ♪、すべ〜〜♪」
 そして、妙な歌声を振りまきながら廊下を歩いていく。その歌声も一気に遠ざかり、ロッテは深い眠りに落ちていった。

「んにゃあぁぁぁ〜……気持ちいいですぅ〜〜〜……」
 夜になって、町が少し肌寒いくらいの冷気に包まれるようになってから、ルーシアは町の名物である温泉に入っていった。食事を済ませて戻ってきても、ロッテはベッドに倒れたまま起きてくる様子も見当たらなかったので、今彼女は一人っきりである。
 やはり人一倍元気があっても疲れはかなりたまっている。少し冷めた外気のせいも手伝って、湯船に浸った瞬間に全身に伝わったぞくぞくとするような快感に、ルーシアはそんな猫を撫でたような声を張り上げて全身を大きく伸ばした。
「はふぅ……『おんせん』って水浴びのことだったんですねぇ〜……んうぅぅ、それにしても、本当に気持ちいいですぅ〜〜」
 快感に身をゆだねながら、ルーシアは腿や二の腕や肩を擦って固くなった筋肉をほぐし始める。
「誰かいるの?」
 いきなり奥の方から女性の声が聞こえてくると、じゃぶじゃぶと水をかき分ける音がそちらからゆっくりと近付いてきた。白い湯煙の向こうから、長い金色の髪をした一人の女性が姿を現す。きめの細かい白い肌は、まるでそれが光を放っているかのような輝きを見せている。
「ふわぁ……」
 突如現れた美女に、ルーシアはしばらく呆然と口を開きっ放しにしていた。女性は誰が見ても豊満と思えるその肉体を揺らしながら、一歩ずつゆっくりとルーシアの方に近付いてくる。
「私だけだと思ったら、他の子も入ってたの」
「『すべすべ』……」
「え?」
「きれいですぅ……こういうのを『すべすべ』っていうんですかぁ……」
「や、やだ、そんな誉めないでよ」
 純粋に意味を確認しようとしていただけのルーシアの言葉を誉め言葉だと思った女性が、照れ臭そうに身をよじる。
「お嬢ちゃんは旅の人?」
 女性はルーシアのすぐ横に座り込んで尋ねかけてきた。
「はい、そうですぅ。お姉さんもそうなんですか?」
「そうよ。まあ今はここにしばらく滞在してるけど」
「やっぱり温泉なんですか? そんなにすごいんですか、ここは」
「らしいわね。美容にいいっていうし、あとは湯治のためにね」
「『とうじ』……何ですか、それ?」
「うーん……温泉に浸かって、体の悪いところを治す事、かな」
「ふええ、そんなにすごい効果があるんですか、温泉って。でもお姉さん、どこか体が悪いんですか?」
 ただただ純粋にルーシアが尋ねると、女性は少しだけ表情を曇らせた。
「まあ……ちょっと、ね」
 女性の表情の変化を読みとったルーシアは、それ以上尋ねるのはやめることにした。
「あ、そう言えばね……」
 つい数瞬前には沈んだ表情をしていたのに、女性は懐っこくルーシアに話しかけてきた。ぼうっとしていたルーシアが驚いて振り向く。
「はっ、はい、何ですか?」
「つい何日か前までね、大所帯のグループがこの温泉に入りに来てたのよ。その中にとってもかっこいい男の子がいたの。明るくて元気そうな金髪の男の子と、なんだか影があってクールそうな感じの銀髪の男の子。対照的な雰囲気だったけど、どっちもステキだったなー」
「へええ、そうなんですか」
 のんびり返事をしながらも、ルーシアは頭の裏で一つのひらめきを覚えていた。そしてルーシアはすぐさま立ち上がって湯船から出た。女性が目を丸くして去っていくルーシアの背中を見つめる。
「あれ、もう出ちゃうの?」
「はい。なんだか頭がくらくらしてきちゃって」
「そう。まあまだちっちゃいから、すぐにのぼせちゃっても仕方ないか。じゃあお嬢ちゃん、また今度、ゆっくりお話ししましょ」
「はい」
 風呂には入ったことが無くても、長い間熱気に当てられていれば頭が朦朧とすることくらいはルーシアでも知っている。彼女は名残惜しそうにする女性に言い訳をすると、手早く体を拭き服を着てその場を後にした。
 温泉を出たルーシアは一目散に自分達が泊まっている宿屋に向けて走って行った。フロントであることを尋ねるために。

「ソロ様ご一行ですか?」
「はい。向こう何日かでここに泊まった記録はありませんか?」
「分かりました、今から調べますので」
 カウンターにしがみついてルーシアが尋ねると、フロント係は台帳を取り出してぺらぺらとページをめくり始めた。
「ああ、ございました、ソロ様ご一行十名様ですね。確かに四日前まで三日間、ここにお泊まりしておりました」
 予想が的中したことでルーシアの表情がぱっと明るくなる。
「そのあと、どこに行ったかは分かりませんか?」
「すみません、そこまでは……」
「そうですかぁ……」
 ルーシアは少しだけ目を伏せてから、係の男に頭を下げ、客間へ続く階段を駆け上がっていった。
「ロッテさん、ロッテさぁん!」
 けたたましく騒ぎ立ててルーシアが部屋に入ってくる。ロッテは徐ろに頭をもたげ、不機嫌そうな目で飛び込んできた少女を睨みつける。
「何よ、ルーシア。うるさいわね……」
「ご、ごめんなさいぃ……って、そうじゃなくて……ロッテさん、勇者様達、四日前までここに泊まってたそうですよ!」
「何ですって!?」
 半分眠っていたロッテの頭が一瞬のうちにはっきりと覚醒する。ロッテは勢いよく跳ね起きてルーシアに詰め寄った。
「そっ、それは本当なの?」
「は、はぃ……」
「で、ここからどこに行ったって?」
「そ、そこまでは……」
 ロッテのあまりの形相に思わずたじろぐルーシア。
「そう……じゃあここから普通に旅路を歩んだとして、私達が追いかけるとすると……エンドールかミントスに先回りすれば出会えそうね。どっちにする?」
「エンドール! エンドールにしましょう!」
 さして考えた様子もなく即答するルーシアに、ロッテの目がうっすらと細くなる。
「はいはい、賑やかな方ね。これで間違ってたら、あんた二・三発は覚悟しておきなさいよ」
「えー、なんですかぁ、それは!」
「おだまりなさい! それくらい当然の……」
 ぐきゅるぅぅぅぅ〜〜〜……
「…………」
 暗い部屋に響く盛大な音。ロッテの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。ルーシアは両手を合わせて明るく陽気な笑顔を見せた。
「あははぁ。昨日から動きっぱなしですから、仕方ありませんよね」
「うるさいわね! い、今から食べてこようかしら……」
「もうお台所は片づけた後らしいですよ」
「酒場は? ここの一階にあるでしょ?」
「『準備中』とか書いてありました。臨時閉店だそうで」
「…………」
 ただでさえ暗い視界がさらに真っ暗になったような気がして、ロッテはよろめき、先程まで自分が伏していたベッドにもう一度倒れ込んだ。
「もう、いい……私、ここで死ぬから……」
 たかが一日二日食事を抜いただけで大袈裟だろうが、それでもすっかり打ちひしがれたロッテはベッドに顔を埋めてすすり泣きを始めてしまった。
「あ、あの……」
「……何よ。余計な情けなんて要らないわよ」
 すっかりすねてしまったロッテを憐れむように一瞥してから、ルーシアは部屋の片隅へと足を伸ばし、そこに置いてあるものを手に取った。
「た、多分後でほしくなるんじゃないかと思って、軽いものだけでも作ってもらったんですけど……食べますか?」
「たっ、食べ物っ!!」
 ロッテは再び跳ね起きると、ルーシアの元まで瞬時に「飛んで」行き、彼女が手にしたトレイの上からサンドイッチの山をまとめてひったくった。剣幕に満ちたその行動に、ルーシアは一種の恐怖すら覚えてその場に尻餅をついた。
 あ然と見上げるルーシアの目の前で、ロッテはサンドイッチにがっついてそれをあっという間に平らげてしまった。
「ふう……」
 満足そうにお腹を擦って人心地つけてから、ロッテは足元でへたり込んだままのルーシアに目を向けた。
「ほら、そんなところでぼーっとしてないで、さっさと立ちなさい」
 ロッテは体を前に屈めて、ルーシアのか細い手首をとる。
「うえぇ、ざらざらしてますぅ……」
 砂の残る手で握られ、ルーシアが不快感をあらわにする。
「細かいこと気にしないの。でも確かにちょっと気持ち悪いわね。私も温泉に行って一風呂浴びてこようかしら」
 さっきまでのひねた様子はどこへやら、ロッテは陽気な足取りで部屋を出て行った。
「あ、ルーシア。あんたは早く寝なさい。明日は朝一でエンドールに向かうから、しっかり休養を取っておきなさいよ」
「……はーい」
 今ひとつ腑に落ちない面持ちをしながらも、ルーシアは仕方なく取り落としたトレイを棚の上に置いて、ベッドに向かうことにした。

 ちなみに……
 あの後、温泉から戻ってきたロッテはやけにぷりぷり怒っていたそうな。

 

「ヒャダルコ!」
 ロッテの放った冷気の礫がモンスターの集団に襲いかかり、一匹残さず群れを薙ぎ払う。
 敵がいなくなったことを確認してから、後ろの方で隠れていたルーシアが恐る恐る近寄ってくる。
「も、もう、大丈夫ですか?」
「全部倒したから、いつまでもびくびく怯えない!」
 アネイルから内海を一気に飛び越え、エンドールのある対岸に着いた二人を待っていたのはモンスター達の手厚い歓迎の数々だった。そして、襲われるたびにロッテが呪文でそれらを追い払い、ルーシアはただ慌てて逃げ惑うのみであった。
「まったく理不尽だわ。どうして私ばっかりこんな疲れることしなくちゃならないのよ。ルーシア、あんたもいい加減攻撃することを覚えなさい!」
「で、でも……」
「でも、じゃないの! 今度私が攻撃呪文を教えてあげるから! いいわね!」
「は、はいぃ……」
 怯えてその場にうずくまるルーシア。この様子では呪文を覚えたところで戦力になるとは思えないが……そう思うと、ロッテはため息をつかざるをえなかった。

 世界で最も多くの人が集まる町、エンドールはいつでも賑やかだ。そしてこの日もとても賑やかだった。
「うわあ、すごいですぅ! 人がいっぱいいますよ! あっ、あっち! なんだかあっちがとても楽しそうですぅ!」
 エンドールに着くなり、ルーシアは嬉しそうにはしゃぎ回り始めた。
 そして彼女が露天の並ぶ通りを見つけてそちらに駆けつけようとすると、その肩をロッテがつかんで引き戻した。
「お待ちなさい」
「きゃうん!」
 引っ張られるまま、ルーシアはその場に尻餅をついた。
「い、いたたた……何するんですか、ロッテさぁん……」
「何、じゃないでしょ。私達が何のためにここまで来たのか、ちゃんと覚えてる? 観光旅行じゃないのよ!」
「わ、分かってますよぅ……」
「どこまで本当だか……それじゃあ、これからするべき事は分かってるわよね。勇者様が来ているかどうか、今からそれを確認するわよ」
「あっ、じゃ、じゃあ……私、いい所知ってますよ」
 立ち上がってお尻のところに着いた砂ぼこりを払い、ルーシアは取り繕うように右手側を指差した。
「……何? また変な所じゃないでしょうね」
「も、もちろんですよぅ。あのですね、あっちに勇者様のお仲間の……えっと……ト、ト、トネリコ?……さんのお家があるそうなんです。もし勇者様達がここに来たんなら、そっちに寄った可能性も十分あると思いますよ」
「……ふうん」
 半信半疑ながらも、他に確固たるあてがない以上それに従った方がいいだろうと思い、ロッテはルーシアに言われるがままそちらへと向かうことにした。

 トルネコの店、今は銀行となっているその家は、町外れの教会の向かいにある。町の中心に比べてやや木々の多いその地区へ赴いた二人は、教会の前で輪になって話し合う集団がいることに気が付いた。
「あっ、ロッテさん、あれ!」
 ルーシアが隣にいるロッテの袂を引っ張る。ロッテは煩わしそうに裾を持ってその手を振り払った。
「……あれ?」
 向こうも二人の存在に気付いたらしい。最初に二人の姿に目を留めた青い帽子の少女が、大きく背伸びをして二人に向けて手を振った。
「やっほー! ルーシアじゃない! 何やってんのこんな所で?」
 少女が叫びかけると、残りのメンバーも一斉に振り返った。
 間違いない、二人が探していた勇者一行である。ルーシア達は彼らの元へと駆け寄っていった。
「お久しぶりですぅ、皆さん」
 変わりない一行の顔を見て、ルーシアは顔を綻ばせて頭を下げた。
「……誰だ、この娘は?」
 後ろで控えていた銀髪の男、ピサロが残りの面子に問うてくる。
「ルーシアだ。天空人の子で、以前に羽根を折られて世界樹の上で困っていたから俺達が天空城まで送っていったんだ」
 ぶっきらぼうな口調で勇者ソロがピサロに応える。それだけを聞くとピサロは感心なさげに顔を横に向けた。
「そうか」
 その態度にソロはむっと口先を一度つり上げてから、表情を和らげてルーシアの方へ一歩足を踏みだした。
「それで、ルーシアはわざわざ地上まで降りてきて何をしに来たんだ?」
「あっ、それはですねぇ……」
「これを」
 説明しようとしたルーシアを押し退けて、ロッテが小袋を差し出してきた。
「これは……」
 見覚えのある小袋を出され、ソロはそれをロッテの手から受け取る。
「天空城の庭園に落ちていたそうです。それで私達はあなた方にそれを届けに参りました」
「はあ、それはどうも……」
 ソロはあ然としながらも受け取った小袋を開けてみた。中にはコンパクトや十数枚の小さなメダルを初め、細々とした雑用品が押し込められていた。
「あっ、それあたしのコンパクト! どこに行ったのかと思ったら……ちょっとミネア! あんたね、あたしのコンパクトここに入れたの!」
 横からコンパクトをかっさらったマーニャが妹のミネアに噛みつき始める。
「姉さんのだって知らなかったのよ。それに別にどこに入れても関係ないでしょう?」
「あるわよ! あたしのコンパクトをあんなガラクタと一緒に押し込められちゃたまんないわよ! ちょっとミネア、聞いてるの?!」
「はいはい、ちゃんと聞いてるわよ」
 横で騒ぎ始めた姉妹をよそに、ロッテはソロ達に向けて深々と頭を下げた。
「それでは私達はこれで」
「えええ、もうちょっとゆっくりしていきましょうよぅ、ロッテさん!」
 横で不満そうなルーシアが叫びだす。
「バカも休み休み言いなさい! 私達にはちゃんとするべき仕事があるでしょう! さあ、分かったらさっさと帰るわよ!」
「そんなあ……」
「そ、それじゃあ俺達も先を急ぎますんで……ブライさん、お願いします」
 ソロの声に応じ、後ろで控えていた老魔法使いは手にした杖を掲げて呪文を唱えだした。
「ルーラ!」
 呪文が終わると、一行の姿は瞬く間にその場から消え去ってしまった。そしてその場には揉め合う天空人二人だけとなる。
「あああ、行っちゃいましたぁ」
 名残惜しそうに指をくわえ、先程まで勇者達のいた場所を見つめるルーシア。
「当たり前でしょう。みんな暇じゃないのよ。ほら、私達もさっさと城に戻るわよ」
 ロッテが腰に携えた道具袋に手を突っ込み、中身をあさり始める。
 そうしてしばらく時間が経ち、次の瞬間、ロッテの顔からさあっと血の気が引いた。何が起こったのか分からず、ルーシアが小首を傾げる。
「どうしたんですか、ロッテさん?」
「……無い。お城に帰るためのあれが……無い」
「ええっ!?」
 ルーシアは一瞬我が耳を疑った。だがロッテの動揺ぶりを見る限り、どうやら本当のことらしい。
「ど、どういうことですか、ロッテさん!? まさか持ってくるのを忘れたとか……」
 さすがのルーシアも慌ててロッテに詰め寄りかかる。ロッテは目尻に涙を浮かべつつ、懸命に首を横に振った。
「そ、そんなことないわ! ちゃんと持ってきたはずなのに……」
「それじゃあ一体…………あっ!」
 ルーシアが何かを思いついて一つ叫ぶ。すると今度はロッテがルーシアにつかみかかってきた。
「何!? 何か思い出したの!? まさか、あんたが失くしたんじゃ……」
「そ、そうじゃなくて……勇者様に渡したあの小袋! もしかしてあの中に紛れ込んだんじゃ……」
 ロッテは落ち着いて記憶を辿ってみた。
 コナンベリーでひったくりにあった際、道具袋の中身をばらまいてしまったので、その後で盗まれた物の中に紛失物がないかの確認ついでに道具袋の整理も行ったことを思い出す。しかも、暗いアネイルの宿屋で、眠たいのをおしてやっつけ作業で行った仕事である。手違いの一つや二つあったところで何らおかしくはない。
「ど、ど、どうしよう……」
 いくら空を飛べる彼女達であるとはいえ、荒れる気流に逆らってまともに天空城に帰れる可能性はほぼゼロに近い。かといって、
「どうします? お城への塔を伝って帰りますか?」
「無茶言わないで! 私達だけで塔の中に住みついたモンスターにかなうと思う?」
 唯一確実に城に戻れる塔の中には、もう随分前から強力なモンスターが徘徊するようになっている。いくらロッテが強力な呪文を使えるとは言え、非力な彼女達に突破できるとは到底思えない。
「それじゃあ……」
「もう一度、今度こそどこに行ったのか見当もつかない勇者様達を探して、あれがあったら返してもらうか、無いのなら送って頂くしかない、わね……」
 絶望感によろめくロッテをよそに、ルーシアは顔を輝かせて両手を合わせた。
「わあ、それじゃあまだ地上を旅できるんですね! 楽しみですぅ!」
 どこまでも楽天的なルーシアにいささか腹を立てたロッテは、固く握った拳をルーシアの頭に何度も何度も叩きつけた。
「この、バカ! バカ! バカ!」
「痛い、痛い、痛いですぅ! やめてくださいぃ、ロッテさん!」
「うるさい! うるさい! あんたなんて……もう、あんたなんて知らないんだから!!」

 こうして若い天空人二人組は勇者を求めて再び旅路に就くことになったのだが……
 それはまた別のお話。

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