第4章

「ほら、モタモタしてないでさっさと歩け!」
 暗い廊下をフレイ達三人は堅いロープで体を縛られ厚い目隠しをされた状態で歩かされていた。
 三人は捕らえられた後、ラインハットの地下牢で数日を過ごし、そして具体的な理由も何も聞かされぬまま目隠しをされ、馬車に乗せられここまで運ばれてきた。
 この場所に着いてから随分と歩かされ続けている。道中段差が多い上に足場もあまりよくなく、アネットが何度もつまづいては兵士に叩かれていた。その度にフレイは怒りを募らせたが、まったく自由のきかないこの有様ではどうにもならず、ただ忌々しく歯噛みすることしかできなかった。
「ほら、乗れ!」
 前にいた兵士の足音が止まったかと思うと、フレイは別の兵士にお尻を蹴り飛ばされた。二、三歩よろめいたフレイは、激しい憤激と共に顔を勢いよく上げた。
「早く乗れって言ってんだろ、おら!」
 さらに一つ、横から蹴りが入る。体の自由さえ聞けば今すぐにでもつかみかかってやりたい気分だったが、このままではどうすることもできない。フレイは呻き舌打ちをしてから、言われるままに足を進めた。一歩、二歩と足を進めたところで足場が大きく揺らいだ。先程からしていた水音といい、どうやらこれから小舟に乗せられてどこかへ連れられるらしい。
「お前らも早くしろ!」
 フレイに続いて二人も舟に乗り込まされた。全員が乗り込むとすぐに舟を留め置いていたロープをほどく音がし、一度少し大きく揺れてから舟は滑るように水の上を流れていった。
 こぎ手は誰だか分からないが、随分と慣れた手つきで舟を操り、何度か大きく曲がりながらゆっくりと流れていく。そうして随分長い間乗っていると、舟はようやく静かにどこかの岸へとたどり着いた。
「降りろ」
 フレイの横にいた兵士が、強引に三人の頭をつかんで引っ張り上げる。三人はそこからまた暫く歩かされると、どこかの部屋の中へと乱暴に蹴り入れられた。そしてすぐさまガチャガチャと鍵を掛ける音がする。
「よし、行くぞ」
 兵士達は口々に言葉をかけ合ってその場を去っていった。足音が遠く小さくなってから、フレイはアネットの目隠しを器用に口でほどいてやった。
「アネット、俺の目隠しも外してくれないか」
 フレイに言われて、アネットは苦労しながらも後ろ手で彼の目隠しをどうにか外してやった。二人はさらにもう一人の少年の目隠しもほどいてやる。どうにか視界だけでも自由になったところで、三人は周囲の様子を見渡した。
 通路にあった燭台以外に灯りのない真っ暗だったラインハットの地下牢に比べると、随分明るい室内。広さは三人が入れられていた牢より少し狭く、入り口は予想通り頑丈そうな鉄格子で塞がれていた。
「ひっ……!」
 ふと部屋の奥の方に目を向け、アネットが小さく悲鳴を上げる。
「どうした、アネット?」
「あ、あれ……」
 アネットに言われて部屋の奥の方に目を向けると、いくつもの白骨化した死体がそこで山積みになっていた。おどろおどろしいその様子に、フレイもさすがに気味の悪さを覚える。
「これって、やっぱりここに入れられた人達の、だよな?」
「わ、私達もこうなっちゃうの……かな?」
 アネットが真っ青な顔でフレイに寄りすがってくる。
「冗談じゃない、みすみすこうなってたまるか」
 目の前の光景をこれ以上見せないようにとフレイがアネットの前に出る。アネットもそれで少し落ち着いたのか、フレイの背に体を預け顔を寄せてきた。
「……ごめん」
 その時、二人の足元からか細い声が上がった。二人が顔を下に向けると、一緒に連れられた少年が小さく丸まって座り込んでいた。
「おい、カデル。どうして謝るんだよ?」
 カデルというその少年は、フレイが顔を近付けてくると、その暗い表情を背けてさらに小さくうずくまった。
「だって、俺のせいで兄ちゃんも姉ちゃんもこんな所に入れられたから……」
 カデルが立てられた膝の間に顔を埋める。するとフレイは、少年のそばに近付いていき、軽く自分の頭で彼の頭を小突いてやった。
 反射的に顔が上げられ、怯える小動物のようなカデルの目とフレイの目が交錯する。そしてカデルはすぐさま視線を横に逸らした。
「目を逸らすなって」
 フレイはカデルの視線の先に回り込んで、もう一度目を合わせた。
「なあ、カデル。お前はこんな状況になったのが自分のせいで、それで俺達がお前を責めてると、そう言いたいんか?」
「だって……!」
 実際にこうなったのは俺のせいだから……そう言おうとしたが、まっすぐ向けられるフレイの強い視線に当てられてカデルは何も言い出せなくなった。
「カデル、俺達がお前を非難するようなこと言ったか?」
 しばらく間を置いてから、カデルの顔が左右に振られる。それを見てフレイの目がすっと細められた。
「だったら、何も言うことないじゃないか。お前は悪くないし、俺達もお前が悪いなんて思っちゃいないから」
「でも……」
 カデルは唇を噛み締めて、再び顔を横に逸らした。すかさずフレイがその先に回り込む。
「だから目を逸らすなっての。何だ、俺の言うことが信じられないか?」
 少年が力一杯首を左右に振る。フレイは何度も満足そうに頷いた。
「じゃあ気にするなって。な」
 フレイが真夏の太陽を思わせるような輝かしい笑顔を見せた。カデルはその笑顔に引きつけられるような思いがして、じっとフレイの笑顔を見つめる。
「そうよ、カデル君は何も悪くないからね」
 そこへアネットがやってくると、優しくそう言ってカデルの横に座り込んだ。
「私達、カデル君が悪いなんて思ってないから。……こうなったのは全部お兄ちゃんのせいだもんね」
 アネットは軽く口を尖らせると、ちらりと横目でフレイを睨みつけた。
「な、何だよ、アネット! どうしてそこでそういう話になるんだよ!?」
 フレイは慌てふためいた様子でカデルの傍らから飛び退き、二歩、三歩と後ずさった。アネットも立ち上がると一歩、フレイの方に足を踏み出した。
「だって、あの時お兄ちゃんがやり過ぎたのがいけないんじゃない。すぐにそうやって手を出す癖は直してって、再三言ってたじゃないの」
 ずかずかと踏み込んでフレイを責め立てるアネット。フレイはすっかり腰の引けた様子で後ずさっていき、しまいには壁にへばりついてうなだれた。
「ああ、もう……悪かったよ。全部俺のせいだよ、それでいいんだろ?」
「もうちょっと誠意を込めて謝って」
「えー?」
 フレイが露骨に嫌そうに表情を歪める。するとたちまちアネットの表情が険しくなった。
「…………ごめんなさい」
 フレイは素直に頭を下げて謝った。「よろしい」と言って頷くアネット。
「あはは、何だよ兄ちゃん、情けないなあ」
 カデルの笑い声がして二人が振り向いた。まだ座り込んだままだが、カデルは抱え込んでいた両足を放り出し、二人を指して笑っていた。二人は顔を合わせて笑顔を交わした。
「何だよ、笑うことないだろ」
 フレイが勢いをつけてカデルに続きを仕掛ける。たまらずひっくり返って、カデルがわめきだす。先程までの空気も、今のこの状況も、まったく感じさせないような賑やかな光景だ。
 アネットはその光景をしばらく微笑ましく見つめてから、改めて二人を挟んで向こう側にある冷たい鉄格子に目を向けた。
(……でも、本当に私達、これからどうなっちゃうんだろう?)
 不安に押しつぶされそうになって、アネットはきゅっと唇を噛みしめた。

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