第1章
▼FRAY▲
「ん……」
俺は閉じていた目を開け、身体を起こした。日が、かなり西の方に傾いている。どうやらかなり長い時間居眠りをしていたようだ。
……結局、サボってしまったな。
俺は足下にある木刀を包んだ袋を拾い上げた。
「さて、そろそろ帰るか。あんまり遅いと、この前みたいにアネットに怒られるからな」
俺は今いるせり上がった丘から飛び降りると、「獣道」とみんなで呼んでいる木々に囲まれた細い道を、町の方に向かって駆け下り始めた。早いうちにここを抜けてしまいたい。夜になると、この道は歩けたもんじゃない。
それともう一つ、
「ガンチャの言ってたこと、あれは本当なのか……?」
俺は自分で自分に問いかけた。
ガンチャの言ってたこと、それは、この前オラクルベリーのすぐ近くで、小隊の馬車が魔物とおぼしき連中に襲われたという噂だ。小隊が運んでいた荷物はすべて漁られ、中にはレヌール王室、ラインハット王室に送られる重要な品物もあったらしい。
「本当だとしたら、かなり物騒な話だな」
何より魔物が襲ったというから問題だ。魔物ってのはその辺の小動物みたいにどこにでもゴロゴロといるものだ。ま、俺ん家にも、一匹ほどいるけどさ。そういや、あの話を聞いてからあのスラ坊へのみんなの風当たりが悪くなってきたよな。この前なんか、アネットのヤツ、泣いてたもんな。
「けど、あん時のアネット、色っぽかったよな」
……なっ、何を考えているんだ、俺は! アイツは俺の妹だぞ。自分の妹に変な気を起こしてどうする。
だが、
「アイツももう十六だし、もういつまでも子供じゃないんだよな」
おっと、そんなことを考えてるうちに町が見えてきたぞ。丁度日も落ちた頃だ。誰もいないようだし、このまま柵を乗り越えて飛び込んでやれ。そう思って俺は柵に手を掛け、力を込めて身体を持ち上げた。
「うわっ!」
突然、腕をすくわれた俺は、背中から固い地面へと墜落した。
「……ってーな、誰だ!」
ずきずき痛む背中をさすって俺は起き上がった。
「ほう。それが私の稽古を無断欠席した者の言える言葉かな?」
「げっ……」
目の前には腕組みをして俺のことを見下ろしている男が一人。まずい、今日サボったことがすっかりバレてる!
「せっ、先生……俺がどうしてここにいることを……!」
「いや、ガンチャ君が教えてくれたんでね」
くっそー、ガンチャの奴、覚えてろよ!
「さて、君の処分をどうしようか」
先生は俺が落とした木刀を拾うと、そいつを両手に持って真上に振り上げた。
「わーっ、すみません! それだけは……!」
俺は慌てて両手を振り、後ろに下がった。すると、先生はその木刀を振り下ろさず、俺に投げ渡してきた。
「そうだな、私もここでこのような事をしていられるほど暇ではないからな」
そして先生は俺に背を向け、町の中に入っていった。
「先生、暇ではないって、どういう事ですか?」
俺は先生の後に着いて走りだした。まったく、先生はただ歩いてるだけに見えるのに、何でこんなに早いんだ?
「いや、非常招集がかかってな、明日の朝、ラインハットに戻ることになった。恐らく暫くはここに戻ってくることもできないだろう」
そういや、先生はラインハット騎士団の小隊長だっけ。ってことはこの人、何歳だ? ぱっと見、三十そこそこにしか思えないぞ。
「さあ、君の家はこっちではないだろう。私とは行く方角が違うはずだ。いいか、明日はちゃんと出て、私を見送っておくれよ」
「はっ、はい」
俺は先生に背中を押されて、自分の家に向かう道を進み始めた。
途中で一度、先生のいる方を振り返る。先生は何事もないかのように、真っ直ぐ前だけを見て歩いていた。
俺は前を向いて家路に就き直した。
大人しく家で待ってればいいんだけどな、アネットのヤツ。
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