第2章
▼BATTY▲
景気のいい話はそうそう転がってるもんじゃねえって、ありゃ誰の口癖だったっけっかね? 親父だったか、兄貴だったか。まあ、別にそんなの、家を勘当されちまった俺にゃどうでもいいことだが。
しかし、言ってることは確かに本当のことだな。せっかく一旗上げようとオラクルベリーまで来たってのに、何一ついい話なんてありゃしない。仕方ないから、有り金はたいてカジノに入り浸っては、はした金を稼ぐためにみみっちいアルバイトをしてはの繰り返しだ。ったく、馬鹿馬鹿しくってやってらんねえ。こんなんだったら家で土いじってた方がマシだったかも知んないぜ。
せめて綺麗なねーちゃんの一人でも引っかけて、とも思ったんだけどなあ、この街のねーちゃん共はみんなすれっからしだからな、引っかける気にもなりゃしねえ。もうちょっと純朴そうなヤツがいるといいんだけどな。かといって田舎のイモねーちゃんは御免だし、実は俺ってかなりの面食い? なんては、はは……
「ほら、バティ! 何ぼやっとしてるんだい! トロトロやってると夜までに準備が間に合わないじゃないのさ!」
ああ、わーってるよ。だから化粧臭い顔をこっちに近づけてくんじゃねえよ、ババァ。
「へいへい、分かりましたよ」
とはいえ、こちとら雇われの身分だ。下手に逆らえばクビにされちまってカジノどころか明日のおまんまも食い上げだからな。仕方なく言われる通りにしてやることにしますよ。
俺は渋々棚からテーブルクロスの束を取り出すと、さっき並べてふき終わったテーブルの上に一つずつそいつらをかけ始めた。
オラクルベリーのどこにでもあるような小さなクラブ。家から持ち出してきた金をすっかり使い果たして行き場をなくしかけてた俺が見つけた仕事は、ここの小間使いなんていう、なんともせこい仕事だ。まあ、給料の一部としてちょいと酒を飲ましてくれるし(味はこの際気にしないが)、飲んでる間店にやってきた連中の話も聞けるから、もしかしたらその中にうまい話でもあるんじゃないか、とは期待してみたんだがねえ。
……おっと、グチグチこぼしたってしょうがねえよな。けど、こうも景気悪いと愚痴の一つや二つでてくるもんだ。世の中全部がどうかは知らんが、オラクルベリーに限っては景気がやたらいいだけに、尚更のことだ。ああ、いかんいかん、また愚痴になっちまった。
「終わったぞ」
磨くもんは磨いたし、出すもんは全部出しておいた。とりあえずこれで俺の仕事は終わりだ。俺はそれを言いにカウンターの向こう、店の奥に入っていった。奥でさっき俺をどやしつけたこの店のママが化粧をしている。まったく、どんだけ化粧すりゃあ気が済むんだか、このババァは。
「ご苦労さん。今日も飲んでいくんかい?」
「いや、今日は帰る」
「なんだい、またカジノかい? ま、あんたが自分の金をどうしようとあたしの知ったこっちゃないけどさ。ま、せいぜい張り切ってくんだね」
ババァの声は「絶対に当たりっこないさ」と言ってる。俺も別に当たるだなんて思っちゃいない。最近はとんとツキに見放されてるしな。ま、今日もまたスッてくるんだろうな。
「じゃ、俺はこれで」
「ん」
出て行く俺に気のない返事だけが送られた。俺は開店直前の店内を通り抜けると、入り口の扉を押し開いた。
街はすっかり夕焼けに包まれている。今日最後のひと売りをしようと励む声が方々の店先から聞こえた。
そんな声を背にして、俺は真っ直ぐカジノに向かう。夜になると光を放つカジノの看板だが、今はまだ日もそれなりに高いせいか、光は灯されていない。カジノの扉を開けると、その向こうからやたらと賑やかな音が飛び出してきた。
……なんだ、今日はいつにも増して賑やかだな?
まあいいか。俺はその賑やかな中に入って扉を閉めると、入り口からすぐ近くにあるカウンターまで歩いていった。
「こいつをコインに換えてくれ」
そして俺は懐から金袋を取り出して目の前の姉ちゃんに差し出した。
「はい、ありがとうございます」
ねーちゃんは笑顔でそいつを受け取ると、中身を確認し始めた。俺が数えたのに間違いが無ければちょうど百枚分あるはずだが。
「はい、二千ゴールドですのでコイン百枚になりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ」
俺はねーちゃんが差し出したコイン百枚を受け取ると、そいつを手にカジノの最奥にある小さなバーに向かった。まずは景気づけに一杯。いつもやってることだ。
「いつもの」
背の高い安物の回転椅子に腰掛けて、俺はカウンターの向こうにいるマスターに声をかけた。マスターは俺の顔を確認すると、慣れた手つきでカクテルの調合を始めた。
酒が出るまで、俺は自分の周囲を確認した。俺の他に酒を飲んでいる奴が二人ほど。あまり景気の良さそうな顔じゃないな。負けた腹いせにヤケ酒、ってところか。まずい時に来ちまったな、まだやってもないこっちまで景気悪くなるぜ。俺は苦々しい思いでもう一度カウンターの周囲を見渡した。
おや、いつも一番奥に座ってるはずの男がいないじゃないか。
「マスター、いつもここで座ってる奴はどうしたんだ? 今日は姿が見えないようだが」
「ああ、あの人ねえ……」
マスターは赤紫色の液体の入ったグラスを俺の目の前に置くと、小さく唸った。何かあったのか?
「あの人だったら『久々に仕事が入った』って言って、ちょっと前にサンタローズに向かったそうだよ。……でもちっとも戻ってこないねえ。事故にでも遭ったかな?」
「仕事? なんかの手伝いとかか?」
「いいや、洞窟に未発見の宝があるとか言う話だよ。一緒にいた連中はヨタ話だって笑ってたが。そうすると、洞窟でやられちゃったっていう可能性も否定できないねえ」
訂正。うまい話ってのは結構転がってるもんだ。
俺はカクテルを一気に飲み干すと、代金を置き、席を立ってカウンターを背にした。
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